(2011年2月当時)
▼東村山市は正直、あまりちゃんと旅していない街のひとつですが、とりあえず寄ったのがここ秋津神社でした。
何度かJR新秋津駅へ来ては、西武・秋津駅へ徒歩移動するくらいで、同じ移動の行列に飲み込まれながら、逆方向の移動の列とすれ違う、そんな繰り返しでした。
「秋津神社」のこの碑は、天皇陛下の御在位60年を記念してとの事なので、1985年頃に建てられたものでしょうか。
▼神社の保存樹木ということで、神木の扱いを受けている「ケヤキ」の木です。
指定年月日として、昭和51(1976)年2月1日と明記されていました。
東村山市でこの時期、というと、「志村けんの前身集合 東村山音頭」がこの年の9月1日にリリースされ、これが志村さんのブレイクのキッカケとなったもので、その直前に指定された、という事になります。
これとは別に東村山駅前に「志村けんの木」という、やはりケヤキの木があり、志村さんの功績が讃えられて植樹されたといいます。
▼秋津神社の拝殿です。
基軸?の部分が赤で印象的な建物で、扁額の周辺は特にカラフルでビビッドな感じがありました。
創建年代は不明ですが、江戸初期に造られた不動明王像を安置し「秋津の不動」と称されたといいます。
本殿は1822年に改築されたそうで、それ以前の歴史はあるようで、更には不動明王像が1699年のものであるといい、それ以前の歴史を有するといわれています。
▼これは一転して、秋津神社を出て、秋津駅-新秋津駅間の移動途中の街の風景です。
下の竹屋というのはラーメン屋さんです。
上のお店は今もあるのかよく分かりませんでした。
東村山は実際は2001(平成13)年に初めて行きまして、その時は東村山駅前をウロウロして、「志村けんゆかりのもの」は何かないか?と探し回っていましたが、なんにも得られないまま帰ってきました。
これ以来、東村山駅へは行っていないので、そろそろもう一度訪ねて、けんさんは亡くなられましたが、何か彼を偲ぶものがないか見つけてきたいと思います。
ちなみに、秋津-新秋津の駅間のようすはあまり撮っていませんが、これは人通りが多い為で、上の写真のような人影まばらな状態は、電車到着時刻を考えてずら等しないと撮れないのです。
そんな訳で今度機会があれば、もう少しディープに訪ねてみたい東村山でした。