福岡県久留米市、JR久留米駅からの歩き旅です。
(2012年12月当時)
▼JR久留米駅前から1,200メートルにわたって続くこの「ブリヂストン通り」が目に飛び込んできます。
久留米に来たなら、最初に歩いてみられては?
というところです。
1956(昭和31)年の創立25周年記念事業として整備され、久留米市へ寄贈されたものといいます。

▼ブリヂストン通りの説明書きがありました。
写真の人物はブリヂストン創始者の石橋正二郎氏(1889-1976)です。
「ブリヂストンの社長は石橋いうんや」と当時、中学の授業で先生が言ってて「ブリッジにストーンやからや」と聞いて納得した覚えがあります。これを見てその時のことを思い出しました。
ちなみにブリ「ジ」ストンではなく、ブリ「ヂ」ストン表記になっているのは、当時の「橋」の英語をあらわすカタカナ表記が「ブリッヂ」だったためで、ひねってこの表記になった訳ではないようです。


▼続くブリヂストン通り。
ちょっと暗くなってきていたので景色的に今一つの感じになっていますが、並木道が印象的な通りです。
この時12月だったので、樹々にあまり葉がありませんが、違う季節ならまた違った景色になっていた事でしょう。

▼歩いているうちに夕焼けが見えてきて、どこということもなくきれいな景色に出会えました。

▼観光案内マップがありました。
「ほとめきの街 久留米」とありました。
「ほとめき」とは筑後地方の方言で「おもてなし」を意味する言葉です。
筑後地方では、昔からお客様を温かくお迎えし、心のこもったおもてなしをしてきた、といわれます。

▼篠山城内御案内
とありました。
久留米城は別名篠山(ささやま)城といい、広大な敷地の中に神社や有馬記念館などもあります。
久留米は江戸時代は有馬氏が藩主として治めており、記念館には有馬家ゆかりの品の展示スペースもあります。

▼明るいうちに行きたかった、
と後悔しますが、久留米に着いた時は複数回暗くなり始めた時間で、昼のきれいな景色を収めたのは駅の写真だけで、町の風景で明るい写真がほとんどない状態です…
これは久留米城二の丸跡の碑です。

▼ブリヂストンの久留米工場前
きれいにライトアップされていました。
本社は東京ですが、創始者・石橋正二郎氏は久留米市の出身で、1931(昭和6)年の会社創設の地も久留米です。
本社を東京へ移転したのは割に早く、その6年後の1937(昭和12)年の事でした。
久留米工場には1,000人余りの方が働いているといいます。

▼最後はJR久留米駅へ戻っての、この写真です。
河童のゆるキャラで「名前を求む!」となっていて、名づけられていませんでした。
その後の調べで、この3ヶ月後に「くるっぱ」と名付けられたことが分かりました。
この応募期間中に全国から6,000件もの応募があり、「久留米をパッと明るくしてほしい」などの願いが込められ命名されたといいます。

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