愛知県豊橋市、JR豊橋駅からの歩き旅です。
(2008年3月当時)
▼今からもう18年も前の、2008(平成20)年の様子につき、ところどころ変わっていると思いますが、当時の路面電車の券売機(市内電車券売所)です。
駅記事でも触れましたが、県庁所在地でない都市で路面電車が通っているのは珍しく、日本ではここ豊橋市以外に、以下の4都市のみです。
・函館市(北海道)
・高岡市(富山県)
・堺市(大阪府)
・南国市(高知県)
堺市と南国市は大阪市や高知市の延長上ですが、単独で路面電車が通っているのは函館市と高岡市とここ豊橋市と、わずか3都市のみになります。

▼豊橋駅前の始点の停留場
「豊橋駅前」ではなく単に「駅前」停留場というそうです。

▼豊橋駅前の起点から4つ目の「市役所前」停留場です。
時刻表は定刻を記されてない部分が大多数で「7分間隔で運行」などと記されていました。
始点の豊橋駅前から、終点近くで少し分岐しますが、総じてキロ数にするとこんな感じです。
- 営業総キロ数:5.4km
駅前~井原~赤岩口:4.8km
井原~運動公園前:0.6km


▼市役所前駅を俯瞰するとこんな感じです。
この時は、会社の出張前泊でやってきて、早起きして路面電車乗ってプチ観光したかったという訳です。

▼なぜ市役所前駅で下りたかというと、
この「豊橋公園」へ来たかったからでした。
駅前で手早く「観光したい」欲を満たせたので(笑)
ここには豊橋城跡(吉田城跡)があります。

▼豊橋公園を入っていきます。

▼豊橋城の中の吉田城案内図です
外堀の中に三の丸、堀を挟んで二の丸、また堀を挟んで本丸と、分かり易い構造になっています。
吉田城は、姫路城を今も残る姿へ変えた事で有名な池田輝政が藩主を務めた時期もありましたが、江戸時代は吉田藩の政庁として機能し、明治維新後に吉田藩から豊橋藩へ改名されたことから豊橋城の異名をもち、続日本の百名城に指定されています。

▼吉田城跡を入っていきます。
石垣、土塁、堀などは遺構となっており、見事な石垣がそこかしこに見えます。


▼本丸にて1954(昭和29)年に模擬再建された「鉄櫓」です。
これが豊橋 吉田城跡のシンボル的存在です。
1873(明治6)年に失火により多くの建物が消失し、建物の遺構は石垣を除き、ない状態です。

▼鉄櫓を色々な角度から


▼南御多門跡
現・豊橋公園の本丸広場の南口がこの南御多門にあたり、ここに門とその上に櫓があったといいます。

▼石垣と石垣の狭間から川が覗いて見えるのがなんとも素晴らしい光景でした。

▼市役所前停留場へ戻ってきて、豊橋市公会堂の素晴しい建物に気づきました。
1931(昭和6)年築でロマネスク様式の近代建築で、美術の本に出てきそうな建物でした。

▼豊橋市のマンホールです。
いくつか種類があるようですが、その中で「手筒花火と吉田城跡」のものです。
手筒花火は、人が火薬を詰めた竹筒を抱え、勢いよく火柱を噴き上げる勇壮な花火で、その火柱は10数メートルになるともいい、市内の吉田神社が手筒花火発祥の地といわれています。

豊橋市駅から路面電車に乗ってのプチ旅が、第一弾でしたが、次回は二川宿の街並みをお送りします。


