続々トラベルとかナントカ

日本全792市を訪問した駅や旅の記録です

島根/出雲② 大鳥居から旧大社駅舎をゆく!

島根県出雲市の旅第2弾です。

 

(2016年6月当時)

 

前回は出雲大社へ行きました。

 

lefthand926.hateblo.jp

 

出雲大社を離れて、外の参道ともいうべき「神門通り」という通りを進んで、この橋は宇迦橋(うがばし)といいます。

宇迦橋は1914(大正3)年に出雲大社の参道として整備され、当初は木製の橋でしたが、1937(昭和12)年にコンクリート製になって現在に至ります。

しかし既に架橋されて80年以上が経って老朽化が深刻化し、この数年後には架替え工事が行われていて、現在もその最中で迂回路が設定されているといいます。

また、ここに建つ大きな鳥居は「宇迦橋大鳥居」といい、1915(大正4)年にできて間もなく110年になろうというものです。高さは23m、幅は14mあり、出雲大社内の大鳥居よりはやや小さいものですが、こういう通りに立っていると大きく見えます。

 

 

▼大きな宇迦橋大鳥居です。

 

▼宇迦橋の架かる「堀川」のようすです。

真ん中が中央分離帯のごとく、ビシッと分断されています。

 

▼不老温泉 ホテル出雲

という看板がありましたが、既に閉業されていたようです。

この直前の2016年3月に会社が解散した事が発表されたといいます。

4階には展望大浴場があったとされ、この辺りでは唯一の温泉があったといいます。

 

吉兆館前

というバス停がありました。

その隣は旧JR大社駅 とありました。

これらについては後に触れます。

少し離れたJR出雲市駅行きのバスが出ており、30~60分に1本という感じのダイヤでした。

 

▼「くにびき神話」を表した、大きな壁画がありました。

島根に行くとよく「くにびき」という言葉を見聞きしますが、本当に神様が国を引いているもので、「くにびき国体」「くにびき大橋」「くにびきメッセ」など色々なものに名づけられています。

この壁画には、当時の大社町長の「未来を拓く」との思いが込められています。

 

▼これは出雲の阿国像です。

歌舞伎の始祖的存在といわれ、江戸時代に京都で名声を博したという出雲の阿国は、ここ大社の出身だそうで、やがて女かぶきは世を乱すものとして禁じられますが、後に郷里であるこの地に戻ったといいます。

 

▼先ほどバス停にあった「吉兆館」を訪ねます。

出雲地方の文化に触れられるスペースでした。

 

HPはコチラ↓

www.kankou-shimane.com

 

▼その吉兆館の中身です。

この3年後にリニューアルオープンしており、物産スペース等充実したものとなっているようです。

 

▼吉兆館を出て少し歩いて、というところで出くわしたのがこの「境土手」でした。

出雲大社神領地と松江藩領地の境を表す土手がつくられた、との説明がありました。

 

▼吉兆館前のバス停の隣にある「旧JR大社駅」バス停に着きました。

ここからが本題です。

 

▼ここを曲がれば、旧・大社駅の表示があり、曲がってみます。

 

▼路地を曲がれば、見えてきました旧・大社駅

実はここも初訪問ではなく、1992(平成4)年頃に行っていますが、その頃は廃駅になって間もない頃で、それから25年近く経って訪ねてみると、やはり廃駅感満載でした。

 

現在、出雲大社へのアクセスとして公共交通機関、特に鉄道では一畑電車の「出雲大社前」駅がありますが、JRでは徒歩アクセスできる駅は存在せず、この大社駅が1.3km程度でかつての最寄り駅でした。

大社駅は、1912(明治45)年に開業しましたが、国鉄からJRになった頃に廃止が決定し、1990(平成2)年4月1日をもってJR大社線としての役目を終え、以後かつての駅舎は姿をとどめて「大社駅跡」としてそのまま残っています。

こんな素晴らしい駅舎はなかなか取り壊せないだろうなと感じます。

 

この駅跡は外観が素晴らしいだけではない、という事で、次回はこの中を巡ります。

 

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