前回記事の新堂駅に続いての伊賀市のJR駅です。
-JR佐那具駅-
【路線】JR 関西本線(名古屋-JR難波間)
【開業】1897(明治30)年1月15日
【訪問】2009(平成21)年2月
【1日あたり平均乗車人員】 122人/日 (2017年)
【近隣の都市駅】(名古屋方面) 亀山駅→5駅、
(JR難波方面) 伊賀上野駅→隣駅
【鉄道での所要時間】東京駅から:3時間53分
大阪駅から: 2時間32分
※AM9:00発での最短時間
▼前回記事の新堂駅と旧・上野市の市名を持つ伊賀上野駅の間に存在する駅です。
駅利用者数は、柘植>新堂>佐那具となり、伊賀上野に近いほど利用者数が少ない という不思議な現象で、ここ最近の記事でupしている伊賀市の3駅の中では最も少ないです。
開業は1897(明治30)年で、この年特に大きな出来事は見受けられませんが、カナダで日本人・中国人排斥法案が可決された、なんていうのがありました。
佐那具とはなんとも独特な名前に漢字ですが、百済の佐奈宜氏が渡来してこの辺りを開発した、というのが説としてあるようです。
▼ホームは2面2線で、互いの面の内側を電車が通ります。
互いのホームを繋ぐのは、隣の新堂駅と同様に階段なしの跨線橋です。新堂駅は両出口と1面ホームの計3本の階段が下りていましたが、ここは駅構内のみの跨線橋なので、両ホームへ下りている2本のみです。
▼駅舎のない側のホームの一角です。
跨線橋の階段から少し離れた所に、前面のみ壁のないタイプの待合室が設置されていました。木造で渋い佇まいでした。
向こうは山麓に家屋が点在していますが、閑散とした感じでした。
▼ホーム上の改札前周辺です。
跨線橋階段は結構な感じでサビサビになっていました。
そしてホーム屋根柱の木造部分の剥げ具合がまた渋い風合いを感じさせました。
改札の両サイドには壁づけになったベンチが並び、改札はこれまたサビサビですが、開閉式と思われるゲートがありました。往時はこの折り畳みをして開閉していたのでしょうか。
改札出て左側にはシャッターが閉まったままのものがありました、出札でしょうか。
▼佐那具駅を出て目線です。
古民家のような家屋と昭和感満載の食事処がポツンと建っていました。
▼上の写真の右にある建物のアップです。
「日通プロパン」なる渋い看板が!
昭和時代の遺産、と思っていたらHPも存在するれっきとした現役の会社でした。
▼駅の真ん前に上の写真のような建物がある形であったので、駅からまっすぐ伸びている駅前通りがなく(少しずれた平行な所にありますが)、線路と平行に走っているこの道路も駅前通り的な通りとなり、街灯にもそんな感じが窺えます。
コーポなどもあって意外と都会的な面も見られました。
▼駅周辺地図です。
佐那具駅はこの左上部分になりますが、上側は完全な山側で、下側が街側となります。
佐那具駅から少し右下の部分の交差点を下に伸びているところが実質的駅前通りとなりますが、途中で川を渡ったりします。
金融機関が複数密集していたり、実は結構都会ではないか!と思わされました。
真ん中より少し右に「佐那具町」なる表記が見られます。
▼佐那具駅の入口付近のアップです。
元々の手書き表記を残しつつ、横に正規表記のJR駅名表示が並んでいると少々冷めた感がありましたが、事務的にはこの正規表示を併設しなければ…というところで致し方ないのでしょうか。
改札横の駅舎内にも壁づけベンチがあり、背中合わせにベンチがある訳ですね。
▼佐那具駅の駅舎です。
利用者数の割に、といってはなんですが、立派な駅舎が建っていました。建物の上の部分が白壁になっていたり。
1914(大正3)年竣工の駅舎が今も残っているという事で、100年以上前の駅舎が保たれています。
▼最後に、駅舎と駅前広場を含めてのカットです。
広場はスペースのみ取られている形で、真ん中に植込みはありませんでした。
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