愛知県春日井市、定光寺周辺の様子です。
(2009年3月当時)
駅記事についてはコチラ↓
▼まずは定光寺駅の周辺の様子です。
駅記事でもお送りしましたが、名古屋から出て高蔵寺までは都会感のある駅周りですが、そこからわずか4kmで何んにもない自然風景が広がります。
本来は市の中心部である春日井とか、賑わっている勝川とかの周辺の方が都会感がありますが、いずれも明確な市の中心という感じに乏しく、逆に唯一無二の雰囲気を持ったこの定光寺周辺こそが紹介しやすい感があり、今回ここを取り上げました。

▼川に橋が見えますが、人の気配がなさそうで、荒涼感に溢れていました。

▼右上の崖上のような所にあるのが定光寺駅のホームです。
こんな所から階段を降りに降りて、地平へ出てきます。

▼駅の階段が見えますが、手前左側からずーっと降りて行って、踊り場を経て折れ曲がり、また階段を降りて行ってようやく地平へと至るという、階段何段あるんだよ?といわんばかりの駅です。

▼地平に降り立って、いわば駅前通りという事になるでしょうか。
「トイレ」の標識が、色テープ貼っただけ感がすごく、また向こうに寂しげなアーチが掛かっているところが、いかにも作りもの感に溢れた雰囲気でした。
アーチは見えにくいですが「愛知高原国定公園」と記されていました。
この辺りはGoogle MAPでは最新2019年までしか確認できませんでしたが、その時もこのアーチは残っていました。
駅の長い階段を降りた直後に位置しています。


▼東海自然歩道
ってよく見かける看板ですが、1,343kmもあるとは知りませんでした。
距離はなかなかのものですが、ここからだと玉野遊園地というのが0.8kと手ごろな距離感と思うところですが、山道であり25分かかるとされています。猫が結構いるところのようで、動画にもその様子を見ることができました。

▼2枚目の写真で「荒涼感のある橋」と書いた橋ですが、
そこへやってました。
城嶺橋と書いて「しろがねばし」と読みます。
初代の橋は1910(明治43)年に木橋として架けられ、翌年流失してしまい、1913(大正2)年に吊り橋で復旧し、1937(昭和12)年にコンクリートアーチ橋として架けられたといいます。
親柱の上に、ちょこっと飛び出た青銅色の街灯みたいなのが印象的でした。

▼山沿いの高い所を列車が走っていますが、ホームから下りている階段が長いことがこの写真からも窺えます。
その下は川がありますが、いわゆる崖屋造りの家並みがありました。
この家のうち、今も実際に住んでいるのは何軒ぐらいか??考えさせられます。

▼この記事のメインはこれです!
定光寺
と、てっぺんに掲げられた大きな建物
一目でそれと分かる廃墟でした。
これもまた少なくとも2019年までは残っていて、今でも残っているかもしれません。
いわゆる心霊スポットとしてかなり有名になてしまったようです。

▼外階段とその周辺の壁の廃れ具合が、廃墟になってから久しいことを物語っていました。
入口にはバリケードが並べ立てられていて、入れないようになっていましたが、興味本位で訪ねる人たちが立ち入っては不審火が発生していたといいます。

▼その廃墟の名は、
千歳楼
といいます。
建物は解体されず、看板も当時のまま残っていました。
1954(昭和29)年にここで旅館業が開始されたといい、政府系金融機関の総裁や事業家、高僧、文人の数々がここを訪ねたといいます。
最盛期は1994(平成6)年頃で、昭和の旅館ながら平成でも最高を更新し10億円を売り上げていたといわれています。しかし周囲の衰退がはじまり、この辺りに8軒もあった宿が1999(平成11)年にはわずか2軒となり、ここも衰退していきました。
結局最盛期から10年と経たない2003(平成15)年に6億円の負債を抱えて倒産しました。
この当時は、それから5年少し経った頃ですが、とっくに廃業していた感がありました。不審火が相次ぐ中、侵入禁止措置を施しても入る者が後を絶たず、肝試しとして入る者が書類送検されたり…という事態が続いているといいます。
見てるだけで怖くなってきて、とても入ろうとは思いませんでしたが…。

▼障子紙らしきものがボロボロになっていたのが分かります。
解体するにも費用が掛かるので手が付けられないのか…。
個人的に春日井市で最も印象深い風景はこのエリアであり、その中でも特にこの建物、と感じます。
しかし春日井市の中でもれっきとした観光地、というかより分かり易い観光地をちゃんと訪ねてみたい、とこれを書きながら思いました。

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