(2007年8月当時)
You Tubeへアップしました!
ブログでもダイジェストでお送りします。
▼この旅は、2007(平成19)年8月当時、水戸市を初訪問した際のものです。
水戸駅からまずは「弘道館」と「水戸城跡」を徒歩で尋ねました。
こちらは「銀杏坂」
水戸中心街にあります。
「いちょうざか」(「ぎんなんざか」ともいいます) と表記され、元は別の地にあったそうです。

▼水戸市のマンホールです。
左は市の木である「ウメ」がデザインされたもの。
水戸黄門のドラマでも出てきますが、黄門様が梅里(ばいり)と号していました。

▼屋敷跡?
かと思いきや、小学校の門でした。
水戸市立三の丸小学校という、名前からして素晴しいものでした。
校舎まで見事な和風建築でした。


▼旧・弘道館です。
幕末期に三の丸に建てられた「藩校」です。
戊辰戦争や第二次大戦等でかなり焼失し、大部分が再建されています。


550m、徒歩9分とありました。
駅から近く、また水戸城跡と弘道館はこんな感じで纏めて訪問できます。

▼弘道館の並木道です。
弘道館は面積10.5ha(105,000㎡)と広大な敷地を誇り、計算上300m四方で9Haとなりますが、「日本最大規模の藩校」といわれて当然の規模でした。

▼学生警鐘
藩校で時を告げる鐘として機能していたものです。
この後2011年東日本大震災で倒壊してしまいますが、後に復元されたといいます。

▼鹿島神社
この時は、弘道館・鹿島神社の創建150周年の記念大祭がありました。

▼水戸藩の発展に尽力した人物の像がありました。
共に水戸藩主にして徳川一族です。
左は徳川斉昭像です。
弘道館を創設した人物であり、幕末の水戸において学問の発展に大いに貢献しました。
右は徳川頼房像です。
水戸藩の初代藩主にして、徳川光圀(水戸黄門)の父でもあり、水戸藩の基礎構築に尽力した人物です。


▼大手橋
水戸城大手門に架かる橋です。
この後、2020年に立派な「大手門」が再建されました。

移動ルートは御覧の通りです。
水戸駅からだとバスで10分強に徒歩少々(計25分弱)です。
このルート以外もありますが概ねこの程度の時間で、タクシーだと10分程度です。

▼という事で偕楽園に着きました。
「常盤神社」「偕楽園」と併記されていました。
「日本三名園」 のひとつとされ、弘道館と同じく 徳川斉昭により造園されました。
偕楽という名は「偕(とも)に楽しむ場 にしたい」という斉昭の願いが込めら れています。

▼常盤神社の境内案内図です。
実に色々なものがある神社でした。

▼常盤神社の拝殿です。

▼能楽殿です。

▼常盤神社義烈館
黄門さまこと徳川光圀が「ぎこう」、徳川斉昭が「れっこう」として合わせて「ぎれつかん」と命名され、それぞれの遺品を中心に貴重な 資料が展示されています。
有料(大人300円、小人100円)です。

▼東湖神社

▼偕楽園東門
JR偕楽園臨時駅最寄りの門です。
臨時駅は「水戸の梅まつり」期間中の2月~3月の 1ヶ月あまりの土日に運行されていますが、梅の見ごろ次第で平日運行もあるといいます。
東門は斉昭公の構想になく1962年に建造されています。

▼偕楽園内の茶屋どころです。
「水戸黄門茶屋」というダイレクトな名前の茶屋がありました。

▼偕楽園の庭園スペースはどこまでも緑豊かで惚れ惚れしました。
非日常空間を味わうには十分というものです。
なかでも「見晴し広場の松」は圧巻で、実に「映える」風景です。




▼見晴らした風景も最高なのが、この偕楽園の良いところでもあります。
どこまで続くんだろうこの緑は…という感じでした。


▼かと思えば、樹海に来たのかな?と思うようなエリアもありました。
どこを取っても素晴らしすぎる偕楽園です。


▼緑あふれるエリアばっかりなのも魅力ですが、その緑がバリエーション豊富で、いろんな緑あふれているのもまた魅力です。

▼偕楽園の案内板
広大な敷地に緑溢れる感満載でした 。

屋根のない質素な門です。

▼東鳥居を出た所に、
「偕楽園前」バス停がありました

▼水戸駅へ戻って
旅は終わりです。
偕楽園は凄すぎたし、弘道館も藩校と考えれば、とてつもない広いスペースでした。

これまでの旅記事はコチラ
lefthand.cocolog-nifty.com






