岡山市の駅シリーズ、「赤穂線」単独所属では最後の駅の御紹介です。
-JR西大寺駅-
・路線 JR赤穂線(相生-東岡山間)
・開業 1962(昭和37)年9月1日
・訪問 2007(平成19)年10月
・1日あたり平均乗車人員
3,070人/日 (2021年)
・近隣の都市駅
(相生方面) 邑久駅 ⇒2駅
(東岡山方面) 東岡山駅⇒2駅、岡山駅⇒5駅
・鉄道での所要時間
東京駅から:3時間42分
大阪駅から:1時間34分
※AM9:00発での最短時間
・駅規模ランク
ホーム ★★★★☆ …2面3線
跨線橋 ★★★☆☆ …屋根付跨線橋
駅舎 ★★★☆☆ …平屋駅舎
▼岡山市内で、山陽本線に属さない駅の中では最も多い利用者数を誇る駅です。
開業は1962(昭和37)年の赤穂線開業時になりますが、当時は「西大寺市」にあり、山陽本線の現「東岡山」駅が、前年まで「西大寺」駅を名乗っていましたが、当駅ができて西大寺駅を名乗り、西大寺駅の名が1年ぶりに復活しました。
という訳で、当時の西大寺市の市名を名乗る駅となりましたが、開業のわずか7年後1969(昭和44)年に西大寺市が消滅し、岡山市へ編入され現在に至ります。
赤穂線の途中駅でありながら、来た時にここだけちょっと雰囲気が違う、すこし都会的!と感じましたが、なるほど旧市の中心駅だったのか!となりました。
ホーム屋根が広く取られ、ベンチも多めで、沿線周辺駅とは異なる雰囲気でした。

▼名所ガイドがありました。
という立派な寺院です。
約1.0kmとの事で、この時はいけませんでしたが、今夏再訪してこの寺院へ行ってきました。周辺の町並みも素晴らしく、散策にはもってこいの場所です。

▼ホームは太い柱の並んだ屋根のしっかりしたもので、駅として格上感がありました。
ホームは2面3線もあり、沿線駅では破格の規模を誇ります。

▼2面のホームはこの跨線橋で繋がっています。
跨線橋の最下部からずっと屋根がつながっていて、濡れずにホームで待てるというものです。

▼跨線橋にはエレベータもついています。

▼駅前広場には壮大なモニュメントがありました。
同心円状に広がった階段の上に「はだか祭り」で踊る人々が見えます。
袖の提灯オブジェには「はだか祭りのまち 西大寺」とありました。
そのはだか祭りは、駅名所に紹介されていた、西大寺観音堂で毎年2月の第3土曜日に開催され「日本三大奇祭」のひとつに数えられています。

▼会陽(えよう)
と大きな字で書かれた説明板がありました。
はだかまつり、についての説明です。
俗に「はだか祭り」というのは正式名称は「西大寺会陽」というそうです。
国の重要無形民俗文化財に指定され、500年以上の歴史をもつ「奇祭」で、2月という厳冬の深夜に、西大寺観音堂の御福窓というところから投下される2本の宝木をめぐって、約10,000人のまわしを占めた裸の男たちが激しい争奪戦を繰り広げ、これを取った人物は「福男」と呼ばれるといいます。走って先着になる福男もあれば、アイテムを奪い取る福男もある訳ですね。

▼駅前広場には大きな時計塔もありました。
太陽の加減で見え辛いですが、丸い文字盤が印象的でした。
下には「河畔のまち 西大寺」とありました。
河畔(かはん)とは「川のほとり」を意味し、西大寺はかつて吉井川の舟運で栄えた街で、街並みを探訪すると、川周りのいい感じの景色の数々も目にする事ができます。

▼駅前広場の向こうの駅前通りです。
幹線道の周りに商店が立ち並ぶ構造ですが、高いビルが並ぶ感じではなく、低めの建物が並んでいました。

▼西大寺駅の駅舎です。
平屋ですが横に長い駅舎で、かつての市の中心の面影が窺い知れます。
1969年に岡山市へ編入前の旧・西大寺市の人口は約48,500人で、ほぼ5万都市の中心駅だったという訳です。
電話ボックスに和風の屋根がついていたり、自販機が複数あったり、駅前広場にタクシーが複数台停まっていたり、なかなかの規模の駅である事が感じ取れます。

↓これまで訪問したJR駅の記事はコチラ

