以前「太陽にほえろ!」を語る記事を書きましたが、自分の人生に多大なる影響を与えてくれた、昭和の刑事ドラマの金字塔について、年ごとに自分の想い出を綴ろうと思います。共感して下さる方がいるかどうかですが…。
年ごとに綴る中で、本放送だけでなく、再放送についても触れていきます。いやむしろ、再放送で受けた影響の方が大きいぐらいなので。
●1976(昭和51)年 幼稚園
リアルでは全く記憶にありません。
再放送で見たかどうかですが、親が見ていた部屋に居合わせた事があるかどうか、いずれにしても明確な記憶はありませんが、番組の存在を知り始めたのはこの頃かも…という感じです。
なので途中加入した刑事では、スコッチ刑事まではリアルでは知りませんでした。
●1977(昭和52)年 小1
リアルで番組の存在を明確に知り、一部見ていた記憶がうっすらあります。
当時は若手がボン・ロッキーの時代で、ロッキーが新人刑事でした。
同時に再放送でテキサスなどを見ていて、若いはつらつとした刑事が新人刑事、という基準が出来上がっていたので、本放送でのロッキーが新人という事にすごく違和感がありました。年もよく分からず、母に聞いた覚えがありますが24歳くらいと言われ、ビックリしました。「そんな若いのか?」と子供心に思ったものです。実際当時の木之元亮さんは登場時25歳でした。ヒゲだけでおじさんみたいなイメージを持ってました。
●1978(昭和53)年 小2
本放送
300話記念として放送された「男たちの詩」の予告を見た記憶が明確にあります。
この時にボスが生死をさまよう中、マカロニ、ジーパン、テキサスの3刑事の生前の姿が映り、マカロニは当時まだ再放送で見た事がなく、ジーパンは見たような記憶がありつつ曖昧、テキサスだけは再放送で見ていた記憶があり、この300話予告を見た時「テキサスが生き返る!」と思い込んでいました。つまりテキサスが殉職したのは認知していた訳ですね。
この時はじっくり見ていたというより、親が見ていたのでその部屋にいて、自分もだんだん見るようになり、本放送は20時という事もあり、親から早く寝るよう咎められて見入る事ができませんでしたが、再放送は16時なので親が居る時もいない時も見ていました。
そんな中、301話「銀河鉄道」は初めて、本放送を最後まで見た記憶があり、たしか親に断って「この回は最後まで見る」といったような気がします。偶々子供がストーリーの主役というのもあって見せてくれたのかもしれません。それまでは予告を見る時間まで起きていても、風呂から上がった後とかで、とにかく早く風呂に入るよう言われていて、7歳でなかなか8時からフルで見れる状態にありませんでした。
この本放送で初めてフルで見た回は、なんと「犯人のいない回」で、その事が子供ながら衝撃でした。「何これ?犯人居らへんやん」と親に言った覚えがあります。
ストーリーは全然覚えてませんが、山さんがある小学6年生の子とすれ違った後、その子が自殺して、その友達が後追い自殺をしようとするのを山さんが必死に説得して止める、という回でした。ストーリー記憶ないのに、ボンが少年に「カーブだ」と言ってリンゴを投げたシーンだけハッキリ覚えてるという(笑)
あと記憶にあるのは、次週予告で「ゲスト 清水健太郎」というテロップを見た記憶があります。これは本放送でしか出ないので、ハッキリその時に見たものです。北海道ロケの前後編で「愛は何処へ」「愛よさらば」の連作です。
本放送で最初に見たのが、このボン・ロッキー時代のものですが、ロッキーのビルをのぼるシーンが、当時は救急車の車体の側面から顔を出してるイメージがありましたが、実際見ると全くの記憶違いでした。またボンの激走シーンで着てるジャンパーが、当時自分クラスで唯一、自分より背が低い子が着ていたものとそっくりと認識して「ボンのジャンパー着てる」と勝手に思っていましたが、後から見返すと全然色も形も違ってて、子供の記憶の曖昧さを思い知りました。

再放送
マカロニ、ジーパン編と続けてやっていたような記憶があります。
この時まで萩原健一という役者を知らず、よく漢字も読めなかったので「あきはらけんいち」だと思っていました。それと再放送ではキャスト欄に字数が割けない為、「裕次郎 萩原健一」と、裕次郎氏は名前だけの表記になっていました。
少し間を置いて、テキサスの登場から殉職までの2年分を翌79年にかけて放送されていました。
テキサスはそれまでに見て知っていて、殉職したのも知っていました。
しかしボンは本放送でも見ていて、再放送で登場したのを見た時、すごく不思議な気分になりました。
本放送のボンと再放送のボンが違い過ぎて、同一人物という事が受け入れられませんでした。「再放送に出てきた、あのかわいらしい「ボン」って、いま(本放送時)も生きてるあのもみあげの長いボンの事か??」、言語化するとこんな感じですね。
後のラガーは4年間で体型が変わり過ぎて別人のようになりましたが、ボンは体型が変わらないのに容貌がすごく変わって別人のようになりました。それでいうと、ボンの宮内淳さんと当時吉本新喜劇の看板スターだった木村進さんと風貌が似てて混同してしまっていました。こんなこと思うのは世の中で自分だけかもしれませんが。
●1979(昭和54)年 小3
本放送
新年一発目の「ドジな二人」を一部見た記憶があります。タイトルもストーリーもはっきりした記憶はありませんが、よそのお家から父と帰ってきた後にやっていた記憶がある、そんな感じでした。
あとは春ごろの「高校時代」という回の予告を見た記憶があり、ゲストにずうとるびの2人が出るという事でよく覚えています。それくらい当時は人気だったのですね。なんなら、ビートルズを知らずに先にずうとるびを知ったぐらいなので(笑)
そしてその後、遂にボンが殉職するという事を親から聞かされました。
そのすぐ前の回が「ハロー横浜?」的なタイトルだった記憶がありましたが、正確には「デイト・ヨコハマ」でした(笑)
そして夏休み間近の7月13日、遂にボン殉職の回、それまで再放送で殉職は見てきましたが、本放送での殉職はこの時のボンが初めてで、親も快く最後まで見せてくれました。
母と二人で見た初のリアル殉職回、ボンが撃たれてから絶命するまでの長い間が思い出深いです。あと犯人の名前(姓名の名)が父と同じだったので、それもよく覚えています。
その後の予告回で「ボンが死んで5日」というフレーズが耳に残り、うちで飼っていたカブトムシが亡くなってからそれくらい経つので、母の前で「カブトが死んでまる5日」とか真似して言って笑わせていたのを覚えています。
またこのボン殉職の翌日、土曜日ですが当時は小学校も半日登校だったので、当時小3ながらクラスの子複数とボン殉職の話で盛り上がりました。「前1発、後ろ2発撃たれたな」とか、当時小学校低学年の子も何人となく「太陽にほえろ!」を見ていた訳です。
そして翌週はスニーカー登場、それまでの一番下がロッキーでしたが、これまた本放送で初めて見る「新刑事の登場編」でした。
マカロニ、ジーパンのような溌溂さとか若さのパワーみなぎる感が、ボン・ロッキー期には(安定していて)あまり見られず、スニーカーの溢れるパワーが新時代を感じさせ、またオープニングテーマがこの回から変わり、しばらくの間これを聞きたいがために8時頃にテレビのついてる部屋にいました。そこで本編を見ようとすると、親に風呂に入るよう促され、しばらくはOPだけを見ていました。なので本編の記憶はありません。
スニーカーはボンにスニーカーを贈られて刑事になり、そのあだ名がつきますが一瞬ボンが出てきたシーンの記憶はあります。一緒に見ていた母が「ジーパンそっくり」と言っていました。髪型や背格好、着てる服などは確かに似てて、そういうイメージを持たせようとしたのかもしれません。そんなにそっくりではなかったですが、なんとなく似た系統ではあるかもという感じでした。

再放送
前年からのテキサス・ボン編のはつらつとしたコンビの時期が放送されていました。この再放送を見た後くらいに、母と二人で妹の保育園からの帰りのバスを迎えに、家から近い場所へ出るのが日常でした。
テキサス・ボンの爽やかなこのコンビはドラマでは解消後も、この当時のリアルで「リポビタンD」のCMで見る事ができました。
そして暮れに、唯一それまで全く見た事のなかった「スコッチ刑事」編が放送され、それまでの刑事とは全く異なるキャラクターだったスコッチ刑事には再放送ながら衝撃でした。「なんでこんな反抗的なやつがおるん?」と思ったものでした。当時33歳ぐらいかと思ったら24歳だったという、これは後年知る事ですが衝撃でした。
●1980(昭和55)年 小4
本放送
この時期になると、1人で自発的に見るようになった気がします。それまで親のいる部屋に居合わせて見てたり、親と一緒に見てたりでしたが、親が見ようと見まいと時々自分で見ていました。親が見てる時も違う部屋でもう一台のテレビで勝手に見てたという訳です。
「スコッチ復帰」
記憶にあるのはスコッチ復帰直前回「廃墟の決闘」でスニーカーが沖縄で追い詰めた男がスコッチだったというシーンです。スコッチはちょうど前年暮れに再放送で見て知ったばかりでしたが、3年ぶりに復帰するという事で、次の400回記念で復帰しました。
小4になったところで、この時期くらいからは毎回フルで見ていたと認識しています。
とにかくキャストの豪華で気合入りまくり感をなんとなく感じていました。金八先生云々という大人の事情は知りませんでしたが、OPでも後半に4人持ってきたり、前半のボスに続く存在はスコッチで、2カットに分けての飛び降り、射撃シーンでキメキメな感じ、今後はスコッチを中心に回っていく事を感じました。逆にそれで、せっかくそれまでボスに続くカットで出ていたロッキーや、これに続くスニーカーの影が薄くなっていく事となりますが…。
「殿下の殉職」
そしてなんといっても殿下の殉職が衝撃でした。それまで新人刑事しか殉職しなかったのに、初回からずっといた刑事が殉職するという事が全く考えられませんでした。新人刑事は殉職するけど、最初からいるベテラン刑事は殉職しない、と勝手に思っていました。前年、OPテーマが新しくなりましたが、この殿下殉職も新時代を思わせる大きな一つでした。
事件を解決した、と思ったら交通事故で崖下へ転落…車が爆発炎上という呆気ないものでしたが、これまた翌日のクラスで話題になり、「昨日、島さん死んだやろ?」と声を掛けられました。その子は親のいない施設の子で、そういう施設でも子供たちはこのドラマを見ていたんだな、と後年感じさせられました。
「新時代の象徴」
更にはドックの登場で新時代感はますます加速しました。
それまでの努力と根性、みたいなシリアスな感覚が薄まり、ケンカが強いとは思えないドックでしたが、頭脳プレーでの解決やコメディ要素もふんだんに入るようになり、彼の登場はドラマを「80年代型にした」と言われますが、まさに面白いドラマになりました。それで離れていったファンも多かったようですが、我々小学生には概ね良い方に作用したと思います。

「ロッキー結婚」
あと印象深いのはロッキーが結婚した回ですね。セミレギュラー的に出ていた交通課の早瀬婦警との結婚で、劇中結婚したのはロッキーだけでしたが、こうなるとロッキーはまだまだ生きてるのかな?とか考えてました。当時からこの番組=殉職のイメージがあり、1人殉職すると「この次は誰か?」みたいな予想をする子もクラスにはいました。
再放送
前年からのスコッチ編が続き、1月にその最終編が放送されますが「さらば、スコッチ」で殉職しない事が確認できたと思ったら、2ヶ月後には本放送で復帰していました。
その後はボン単独編へ経て、ロッキー登場を再放送で見る事ができました。先輩になったばかりのボンが足を撃たれてケガをしたシーンだけ記憶にありました。
その後再放送は続いていき、一時期「本放送に追いついてしまう!」と思ったほどでした。結局この途中でいつの間にか終わったみたいで、ボン殉職まで再放送は続きませんでした。
●1981(昭和56)年 小5
本放送
前後編だったドックの雪山編が印象的で、ドックのスキー技術もですが、ロッキーとスニーカーの雪山でのポンコツぶりも面白かった印象がありました。
「裕次郎倒る」
しかし何といってもこの年は石原裕次郎さん倒れるの報が新聞にも出て、それはもう衝撃でした。この時初めて46歳という年齢を知りましたが、番組終わるんじゃないか?と思ったものでした。
暫くボス不在で山さんが代行という事で「山さんに任せろ」という回もありましたが、山さんが後にボスの補佐役になっていくのは、この時期の指揮経験があっての事かな、とか勝手に考えていました。
「さらば、スニーカー」
秋にはスニーカーが退職しました。順番からいってスニーカーはまだいるだろうと思っていました。2年いて後輩もいないし、これから後輩が出てきて先輩刑事になるんだろうと思っていましたが、これは意外でした。
最終編の次の回、つまりラガー登場の回も序盤だけゴリさんと飲みながら別れの挨拶をするシーンがあり、次の回も出たのはスニーカーだけでした。
「イキのいい新人」
そしてラガーが登場しました。それまではスコッチの復帰やドック登場など、ある程度キャリアのある刑事が加入していましたが、久々にイキのいい新人が登場し、シャープなアクションで向こうっ気の強いラガーは希望の光のような存在でした。

「スコッチ欠場」
一方で演じる沖雅也氏も交通事故、そして精神疾患等で休演を余儀なくされ、裕次郎氏不在の中、彼もまた欠場を重ね、スコッチのいない回も続いており、時々出てはまた休みという状態から、ラガー登場の次の回からは完全に休演してしまい、元気な時のスコッチとラガーと共演したのは1回きりとなります。
殿下亡き後のスコッチはゴリさんと相棒に近い関係性を築いていて、ベテランと若手を繋ぐ核として、将来的にゴリさんのポジションにつく事もなんとなく想像していましたが、演じる役者が限界を迎えた事で、スコッチの活躍期間は当初の予想に反して短いものとなっていきます。
「ラガーの活躍」
年の終盤は若きラガーの活躍を描いたものが多かった印象が強いです。役者の年齢はよく分かってなかったですが、前任のスニーカーは30歳になる年での退職で、ラガーの渡辺徹さんは当時20歳の若さだったんですね。
「帰ってきたボス」
5月頃から番組を離れていた裕次郎氏、大手術を経ての奇跡の生還は病院から中継され、ワイドショーでもよく放送されていました。
あとはもう「いつボスは復帰するか?」が関心どころでしたが、12月の最終週にクリスマスプレゼントと副題がつけられる形で、ボスが復帰しました。ラガーはこの時初対面だったのと、また最後に退職したスニーカーがワンシーンだけ戻ってきたのもプレゼントかな、と思いました。
再放送
10月頃テキサス登場から始まりました。サブタイトルを日々ノートにメモしてたのを覚えています。
テキサスを再放送で見るのは多分この時で3回目ですが、前回までは記憶があいまいな部分が多く、この時見たものはそれなりに頭に入ったかも、ですが、それでもまだまだ若手刑事のアクションにしか関心がない感じで、ストーリーを見ていた感じではなかった、と思います。この再放送は翌年のテキサス殉職まで続きます。
1982(昭和57)年 小6
本放送
「スコッチの最期」
前年より欠場がちだったスコッチは、この年になると病気療養中と明確に設定され、病院から退院して静養中とか入院中の病室に同僚が見舞いに来る形での出演となり、遂に1月末には最後の力を振り絞って犯人をねじ伏せた後に、吐血し病死という形で壮絶な最期を遂げました。
80年春に復帰して、新時代の旗頭的存在として長期の活躍が望まれましたが、演者の状態により、思いがけず短期間で姿を消す事となりました。当時沖氏の病気の事はあまりよく知りませんでしたが、殉職前の新聞の夕刊に最期を迎えるにあたっての心境や、今後の抱負など、沖氏についての特集がありました。その記事で「6月に30歳を迎えるので…」とあり、初めて年齢を知りました。まだ29歳??35歳ぐらいに思っていたのでビックリでした。
「クールなジプシー」
スコッチの死後は、似たキャラのジプシー刑事が登場し、当時「必殺仕事人」シリーズで人気沸騰中だった三田村邦彦氏が演じました。しかし必殺仕事人というのがあるのは知っていましたが、そこに出ていた方だとか全然知りませんでした。
ジプシーは最初こそ、他人に関心を示さないような孤立した、まさにスコッチの再来のようなキャラでしたが、仲間に揉まれる中で、皆に溶け込み他の署から望まれるような有能な刑事へと変わっていきました。
左胸に手術痕を持ちながら生きており、心臓が右側にある右胸心で、肺も片方しかないという驚異の設定でしたが、その設定が生かされたのが「山さんの危険な賭け」で山さんに左胸を撃たれながら、防弾チョッキは着ていたものの、心臓のある方ではなかった為、肋骨にひびが入った程度で助かったという回がありました。

「中心刑事ドック」
スコッチの予定外の早期降板により、ドックが中心刑事の座に就く事となり、最終回までこのポジションを担いました。
当初は若手として、ロッキー、スニーカーとほぼ同格なトリオを形成し、番外的なキャラだったドックも、ラガー登場後は先輩としての度合いが強まり、スコッチ亡き後は完全に若手リーダー格へと成長していく姿が感じ取れました。
服装もラフなジャンパーから、後半はスーツ姿が定着するなど、明確に変わっていきました。こういう服装の変化をしていった刑事は何人かいますが、ドックはその最初のパターンでした。
しかし、それまでと違ってなんとなくナンパな感じのドラマになっていってる事を感じもいて、アイドルみたいな刑事ばかりになったな、という感じでした。その中でロッキーが浮いてきて、存在感も段々薄れていった事も感じました。
「相次ぐ別れ」
なんといってもこの年は、人事面が大幅に変わり、3人が殉職、1人が転任と大激動の時代でした。
8月にはロッキーが、カナダのロッキー山脈で犯人を追い詰めながら殉職、この時クラスでは「あれは絶対長さんが窒息させてる」とか冗談めいた事を言っていましたが、そのくらい影響力がありました。ロッキーは新人で登場してから5年も活躍し結婚して子供が生まれ、役者も30歳を越え、というところまできて、異例の長寿だった新人でしたが、遂にここで殉職となりました。
翌週には長さんが警察学校の教官になるべく転出し、2週続けての別れとなりました。
そしてその1ヶ月後には、10年間常に第一線で活躍し続けたゴリさんが殉職。初の90分スペシャル版での放送に緊張感をもって見ていたのを覚えていますが、一緒に見ていた母が山さんのネクタイを見て「派手なネクタイして…」と言っていたのも覚えています。そういえばスコッチ殉職回のメイクを見た時も「アイシャドウ塗ってからに…」と言ってました。(母は化粧品のセールスをしていました…)
「破天荒ボギー」
ロッキー、長さんとの相次ぐ別れの後出てきたのは、初代のマカロニを思わせるハチャメチャ刑事のボギーでした。世良公則氏はツイストで知っていましたが、初めて、自分の知っている人が新刑事として登場してきました。
それまでの神田氏や三田村氏も一定の人気者でしたが、個人的には初見で、世良氏はその点、既に知っている人でツイストの解散も歌番組で聞いていたので、「役者やるんだな」的な感じで見ていました。
いきなり車で追突して、その運転手とケンカして警察に御用になるという破天荒な登場スタイルで、免許証が「ハルヒヘイチ」になっていて、愛車のナンバーも「へ・・・1」という冗談みたいな設定でした(笑)
「検問突破」という回で、同僚刑事たちのだまし討ちみたいな目に遭った時に放った「利口すぎるんだよ」のセリフは印象的で、次の日クラスの子らとこのセリフで盛り上がった覚えがあります。
そういえば、ボギー登場直前頃に、母が週刊誌を手に、ボスとボギーが2人で写っているカットを見せてくれたのを思い出しました。
「特番」
通常の番組外で、放送10周年を記念して、日曜に特番が組まれました。
自分はその日用事で見る事ができませんでしたが、親が「録音」して、その様子を聞かせてくれました。
現在のレギュラー陣だけでなく、かつてのレギュラー陣も多数出演して、コント形式のものもあり、トークコーナー的なものもあり?普段ドラマで見る顔と全く違う形で、殿下やテキサスやボンもいれば、髪を切ったばかりのスニーカーもいたと聞きました(後年、YouTubeで見る事ができました)
ボギー役の世良氏がこれから登場するという事で「長さん、ロッキーさん、お疲れ様でした」と言葉を贈り、またこの時に10/1付にてゴリさんが殉職する事が発表されました。
「トシさん着任」
ゴリさんの後任として、地井武男氏演じるトシさんが登場しますが、やはりゴリさんの殉職がひとつの時代の終わり、という感覚がなんとなくありました。
OPでライフルを持って登場し、見ていた母が「この人が今度ゴリさんの役目をするんやろ」と言ってましたが、それほど射撃シーンがなく、後年知りましたがトシさんは、ゴリさんと長さんの両方の役目を負わせた、といいます。なるほどそれで、そんなに派手な活躍ばかりではなかったのか、と納得しました。
ゴリさんのような熱血感というより、背中で引っ張るタイプで、よくみればその魅力が伝わるのですが、小中学生の視点ではあまり分かりませんでした。
「歌番組」
ラガーの渡辺徹氏がシングル「約束」の大ヒットで「ザ·ベストテン」などの歌番組に出演するようになり、時にはロケで太陽にほえろ!のセットから出演する事もあり、また違った形で現場を垣間見る事が出来ました。
再放送
前年からやっていたテキサス・ボン編で、2月頃に学校の委員会活動をしていて、終わる時に「帰ったら、太陽にほえろ!見なあかん、今日テキサス○ぬんや」とか言ってた子がいました。
1983(昭和58)年 中1
本放送
「ジプシーからマミーへ」
ジプシーは演じる三田村氏が掛け持ち状態が続き、3本掛け持ちではさすがにギブアップというところで1年での降板となりました。そしてその最後の「さらば、ジプシー」を見る事ができませんでした。
翌週は受験勉強からようやく解放され、マミー刑事登場を見る事ができました。
はじめは別の女性刑事が出ていましたが、凶器が怖くなってあっけなく退職し、ロッキー未亡人の岩城令子が加入する話でした。
「サントラ」
番組の想い出ではないですが、この時期番組のサントラを買いました。カセットテープのオリジナルサウンドトラックという事で、ラガー登場時に新録された劇伴と、各刑事のテーマで構成され、といっても山さん長さんゴリさんのテーマはなく、なぜかボスと殿下のテーマはあって、新人刑事たち(マカロニからボギーまで)もあって、という構成でした。
これはもう毎日繰り返し聴いて、本当に「擦り切れる」ほど聴きました。
40年以上経った今も聴く事ができます。
「南国土佐」
前後編で行われた高知ロケで、たしか後編は中学校の宿泊訓練から帰ってきた日に見たのが記憶に残っていて、その日の出来事と結びつく思い出ってあるもんだな、と感じます。
「ブルース登場」
小学校時代の学習雑誌には、太陽にほえろ!の新人刑事紹介というのはなく、ラガー登場時も役者の名前をしばらく読めず、ラガーの人?という認識しかありませんでした。
しかしブルースの登場は当時の「中一時代13」などで誌面を割かれ、当時アイドル視されていたラガー渡辺徹氏に後輩ができる、という形で紹介されていました。当時は「徹くん」と書かれており、一方で後輩は「又野さん」と書かれていたのも、面白いものがありました。又野さんはスタローンに憧れてる事も書いてありました。
ジーパンにそっくりとか、優作にそっくりとか色々言われましたが、ハードアクションのできる刑事が加入し、アクション面では陰りが感じられたドラマに喝が入った感じで、個人的にアクション回帰を促したブルースの存在は好きでした。
「初の録音」
この年、9月に放送された「遠い想い出」という回の時、初めて自分のカセットテープに「録音」しました。家には当時ビデオもなく、自分の部屋にテレビもなく、録音すればずっと部屋で「太陽にほえろ!」の本編が楽しめる!てなもんでした。
それこそ「擦り切れる」まで聴き込み、中学校に居る時でも、各シーンのセリフが口をついてすらすら出てくるほどでした。
その後も11月に「刑事山さん」を録音したり、翌年7月の「狼を追え」など録音しては部屋で楽しんでいました。
再放送
スコッチ登場編2度目の再放送で、ボン単独編の途中で唐突に終了し、2ヶ月弱で終わりました。
衝撃だったのが、この再放送が終わってまもないうちに沖雅也氏が自殺した事でした。
これはもう衝撃すぎて、かなり引きずりました…。あんなに躍動していたスコッチが本当に死んでしまうなんて…という事で。
10,000字を越えてしまったので、一旦ここで切ります。