(2017年12月当時)
▼前回は沼津駅から御成橋までをお届けしましたが、この続きとなります。
この褐色煉瓦のようなごつごつした建屋が印象的で思わず撮ってしまったものです。
向こうには川が見えていました。

▼床面にあった、沼津市街案内図です。
狩野川が流れ出したその先に沼津港があるといったロケーションです。

▼最初の写真の建屋と似たようなものに近くで出くわしました。
こちらはツタの絡まるチャペル…ではありませんが、周りが覆い尽くされていました…

▼前回記事では「御成橋」について触れましたが、こちらは永代橋というやはり狩野川にて平行に架かる橋がありました。
こちらは御成橋のようなアーチ式の橋とは違って、上には欄干以外何もないタイプですが、長い橋で川面に映る橋がまたきれいなものがありました。
御成橋に歴史があるように、この橋もまた歴史あるもので、1883(明治16)年に木橋として架橋されますが、明治末期から大正にかけては何度も流失しています。
1926(大正15)年にようやく木橋からRC橋へと架け替えられますが、昭和になってからも悲劇に見舞われ、この川の名前がついた「狩野川台風」が1958(昭和33)年に発生し、中心気圧は877mb(当時)という記録的レベルの気圧を記録し、死者・行方不明者は1,269名にのぼり、1951(昭和26)年の統計開始以降では日本で三番目に多い記録だといいます。
現在の橋は1990(平成2)年に架け替えられたものだそうです。

▼平行に通る御成橋が見えます。
これまた川面に映る姿がきれいでした。

▼宮町
なる説明板がありました。
かつてこの地には浅間神社が奉斎されていたことから宮町と名付けられたといいます。
明治時代には魚市場ができて鮮魚の売買で賑わったとも書かれていました。

▼下小路というバス停です。
20~30分に1本と、結構本数がある方と感じました。
先の宮町から海辺の千本浜道にかけて東西に通じている道路を下小路と称されていたといいます。


▼道路の真ん中に木が並んだ通りがあって、見てみたら「緑道完成記念 植樹」とありました。
沼津専門店会30周年記念という事で昭和55年にこの碑が建てられていますが、専門店会は昭和25年にできた訳ですね。


▼沼津公園というところへ来ました。
千本浜道(せんぼん・はまみち)の標識がありました。
港を目指しての旅がようやく、目的地へ近づいてきました。

▼沼津公園内にて
色んな行先への標識が出ていました。

▼公園内の敷地の様子です。
千本浜公園のエリア内にあり、いわゆる「千本松原」の松林です。

▼「千本」の名で案内地図が出ていました。
数々の偉人の句碑や歌碑などが点在しており、それらに特化したマップでした。

▼千本浜公園の八角池
というのがありました。
周辺が松原になっている部分にコンクリートづくめになったエリアです。

▼千本松公園のバス停留所がありました。
東海バスというところで運営されているものでした。
本数がかなり少ないので、利用する時は要時刻表チェックです。

▼増誉上人の像
というものがありました。
16世紀後半の天正年間武田氏と北条氏の争いで、この辺りの木々がなぎ倒されてしまい、付近の住民は潮風の害に悩まされていたところ、この人物がやってきて経を唱えながら、松の苗を一本一本植えて、現在の千本松原があるという事が記されていました。
1969(昭和44)年に増誉上人の顕彰会がその栄誉を称え建てたものですが、2004(平成16)年の強風で松の大木が倒れ掛かった為に像が大破し再建されたといいます。


▼最後に千本松原らしい、松の木群を。
まっすぐ伸びているのではなく、軒並み曲がったり傾いてるのが画的に面白味を感じます。


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