静岡県沼津市、前回はJR原駅周辺をめぐりましたが、今回は市内中心駅である沼津駅周辺をめぐります。
(2017年12月当時)
↓沼津駅の記事はコチラ
▼沼津駅は1999年に初訪問し、2007年にも行きましたが、あまりちゃんと行けてなくて、2017年12月に再訪した時のものを今回お届けします。
まずは沼津駅前のこの風景から入ります。
駅前広場に並んでいたこの幟は「アスルクラロ沼津」というプロサッカーチームのもので、「スポーツでこの街を明るくする」が前面に押し出されていましたが、この2017年にJリーグに加盟したといいます。

▼駅前広場にあったアニメの幟がズラリと並んだエリアがあり、何かと調べてみたら「ラブライブ!サンシャイン!!」というアニメの舞台で、沼津で結成されたアイドルグループの奮闘を描くアニメということで、いわゆる「聖地」なのですね。

として大々的に看板が出ていました。
ただし反対論も根強く、沼津市町選挙ではこの高架化事業が度々争点になっていたといい、また用地買収にも月日を要したといいます。
結局この4年も経った後の2021年暮れになってようやく着工を表明し、2027年完成予定との事で、この7年も前にこうして出ていながら、まだ工事中だそうです。

▼沼津駅周辺総合整備事業 によるまちづくりのイメージ
なるものも出ていました。
駅前広場が緑溢れたもので、高架により下をくぐって線路を越えられる事で両側の分断をなくし流動を良くする的なものでした。

▼西周(=にし・あまね:1829-1897)のレリーフと説明がありました。
昔、教科書で初めてこの名前を見た時は「せいしゅう」だと思っていました(笑)
江戸時代末期から明治期に活躍した啓蒙思想家にして西洋哲学者で、1868(慶応4)年に徳川家の創設した「沼津兵学校」の初代校長に就任した事で、沼津との縁のできた為、ここにクローズアップされたものと思います。

▼駅前通りには歩道のみアーケードのついた商店街がありました。
また、この辺りはシャッター商店街ではなく、割に操業している店が多かった印象がありました。

▼市街地へ出てきました。
それまで沼津へ複数回来ても、駅前ほんの少しの所しか歩いた事がなく、この時は少し時間をかけて巡ろうという事で、特に沼津港へは行こうと思ってやってきました。
この標識の下には「展望水門"びゅーお"」ともあったので、これは見るしか!と思って、歩いていました。

▼先の「ラブライブ!サンシャイン!!」のラッピングバスが走っていました。
この時はまさにその第二期が静岡放送で放送中だったようで、その事もバス車体の縁に記載されていました。

▼旧東海道・沼津宿として知られるこの街に、石柱と説明板がありました。
「川廓通り」とされ、「川廓の由来」が記されていました。
川廓(かわくるわ)とは、川曲輪とも表記し、城郭に関係するものと分かりますが、狩野川(かのがわ)に面した城郭に因んでつけられた、とありました。


▼やはり「ラブライブ!サンシャイン!!」の宣伝が全面的に出ていました。

▼近くの狩野川に架かる「御成橋(おなりばし)」に関する石碑などの説明板が数々見られました。
「井上靖 御成橋と狩野川」の石碑には、高価な石が使われて説明がなされていました。
旧制沼津中学で学び、この時期に文学に目覚め、彼の文学の礎はここで築かれた、とありました。
「夏草冬濤」という小説に反映されているといいますが、ここに洪作少年を中心とした描写に沼津の狩野川や御成橋が出てきているのですね。
洪作?と思いましたが、中学の時に教科書にあった「しろばんば」にも出てきたこの少年の名前、「しろばんば」がその三部作の初作で「夏草冬濤」へ続いていく、と後で知りました。
もうひとつは「平成6年3月の御成橋」のイラストと共にあった説明板です。
こういうイラスト紹介されるものはもっと古い時期のものかと思っていましたが、平成6年のものでした。


▼そして、その御成橋です。
狩野川の川面に映える橋の様子も印象的でした。
御成橋は1876(明治9)年に架けられた「港橋」という木橋がその起源で、「御成橋」と名づけられ鉄橋になったのは1912(明治45)年で、これは静岡県東部では初の鉄橋だったといいます。
このような高貴な名前になったのは、皇族が沼津御用邸へ向かうために渡った橋であったからといいます。


今回はここまでにしたいと思います。
次回は駅から更に離れた街の中をめぐります。
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