(2007年9月当時)
▼原駅からブラブラ歩いていた時に「高嶋酒造株式会社」なる酒蔵の看板に出くわしました。
「白隠正宗」の扁額が軒先に出ていましたが、白隠禅師の絵が左端に描かれていました。達磨ではありません(笑)
「駿河には過ぎたるものが2つある」とされ、
ひとつは富士山で、
もうひとつは「白隠」だといいます。
白隠とは、白隠慧鶴(=はくいん・えかく:1686-1769)という江戸中期の禅僧で、御当地・沼津市原にあたる地域の出身です。
臨済宗・中興の祖とされ、朝廷から「正宗国師(せいしゅうこくし)」なる国師号を賜った人物で、その正宗と酒の「清酒」を掛けて、「白隠正宗」という清酒、としたといいます。
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▼沼津市のマンホールです。
富士山が向こうに見える形になっています。
手前は市の木「マツ」と市の花「ハマユウ」が描かれています。

▼東海道原宿
西木戸跡との石碑がありました。
東海道「原」宿という宿場町ですね。
東京のあの「原宿」もかつては旅人用の休憩所がつくられた街でした。

▼原尋常高等小学校跡
として石碑がありました。
現在は別の地へ移転し、沼津市立 原小学校になっているといいます。
その起源は、これもこことは別の地ですが1873年だというので、150年以上の歴史を有している形です。

▼五十三次「原宿」
とズバリの名前のお店がありました。
が、ここから18年くらいたった今、駅前再開発等もあってか、現在のGoogleMapでは確認する事ができませんでした。

▼影がかなり邪魔して、何が写っているのか分からなくなっていますが「原宿と浮島マップ」という絵地図がありました。
宿場町の街並みやお寺がズラリと並ぶ様子が見れたり(この時はあまり行けませんでしたが…)、市内の中心駅でなくても見ごたえのある光景が期待できるので、沼津駅周辺だけでなく、この辺りも沼津観光のひとつに加える価値はあると思います。
この時は宿場町という側面にフォーカスして旅ができず、なんとなく駅前を歩き流してしまっていて、風情にあふれた写真が撮り切れませんでした。まだ旅に対しての思いがそこまでおよんでいなかった、という感じで、また改めて違う側面から歩き回ってみたいものです。

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