前回、曜日ごとに時間帯や年代ごとに見たテレビについて綴ろうという事で、まずは1990年以降の月曜の番組について触れましたが、今回は月曜日の1989年以前について綴っていきます。
◎1985~1989年
「水戸黄門」
…西村晃さんの2代目黄門様がすっかり定着し、新しい黄門像が確立される中、ハードな展開もあった時期でした。
1985年当時は里見浩太朗さんの助さんに伊吹吾朗さんの格さんで、この体制が約5年続きましたが、当時既に主演俳優にして「大御所」となっていた里見さん、50歳も過ぎて遂に助さんを退任し、1988年からはあおい輝彦さんが三代目助さんになりました。
このあおい-伊吹コンビは実に12年の長きにわたり黄門様を支えていく事となります。
そして、あおいさんが登場したシリーズから、オープニングのサウンドが変わりました。それまでの厳か?な雰囲気から、しっとりとした出だしのものとなり、歌い方もそれまでの低音からトーンが上がっていました。あおいさんは元々元祖ジャ●ーズアイドルなので抵抗なかったでしょうが、それまで低音ボイスで聴かせた伊吹さんのハイトーンボイスはなかなかに辛そうでした(笑)
そしてこの時期、もう一つの大きな変化が。
当初は敵キャラで、配下の煙の又平(せんだみつおさん)と共に、黄門さまの命を隙あらばと狙っていましたが、改心してお供する事となります。
由美かおるさんは結局この後四半世紀にわたりシリーズ最終までレギュラーを張りますが、又平は次作の1話で敵に急襲されたところをひとりの女性を庇いながら死んでいき、水戸黄門のレギュラーキャラクターが殉職するという稀有な例となりました。
これに代わるようにして登場したのが野村将希さん演じる「柘植の飛猿」です。
野村さんって昔アイドル的に売れた方で、その後「私鉄沿線97分署」で端役の白バイ警官役をやっていましたが、ここへきてスポットライトを浴びるとは…という感じでした。
この時、里見さん最終作となる17部は第1話で又平の殉職があり、その後も序盤は悪の組織の暗躍等波乱含みで、火花・火薬の類がすごいことになっていて、「諸国漫遊記」というより戦争モノの様相を呈していました。
「大岡越前」
…1985~86年の第9部、1988年の第10部が放送されていました。
第9部では高橋元太郎さん演じるすっとびの辰三が「おはな」と結婚し所帯を持ちました。そして、越前の妻・雪絵役が酒井和歌子さんから平淑恵さんへ交代し、彼女の当たり役となりました。
その他レギュラーメンバーは前作より継続出演で、見習い同心立花喬之助(佐藤佑介さん)が登場し、ベテランから若手までますます充実というところでしたが…
第9部の放送終了直後に、風間駿介役の和田浩治さんが42歳の若さで亡くなり、ベテランの「源さん」こと村上源次郎役の大坂志郎さんも今作までの出演で、次作では二代目おやじさんとして佐野浅夫さん演じる佐橋孫兵衛が登場し、当初は復帰までの代役だったそうですが、大坂さんは1989年に亡くなられ、レギュラー出演者の逝去が相次ぎました。
第10部は先述の2代目おやじさんの登場と、若手同心・北風正吾(四方堂亘さん)もありました。四方堂さんは「スクール・ウォーズ」の末期のラグビー部キャプテン役や、その後の「私鉄沿線97分署」の刑事役など、若手でイキのいい役者として注目されていましたが、その後の出演が叶わなかったのが残念でした。
また、先輩同心の相次ぐ離脱で俄然存在感が増したのが森田健作さん演じる蕪木兵助でした。これから森田さんがどんどん重要な役柄になっていくんだな、と思っていましたが、いかんせん番組の放映頻度が高くなかったのが残念でした。
「江戸を斬るⅦ」
…1981年まで西郷輝彦さん主演で「江戸を斬るⅥ」まで放送されて人気シリーズになっていた番組でしたが、以後は水戸黄門と交互に放送されたのが大岡越前である事が多くなり、唐突に6年ぶりに「Ⅶ」として里見浩太朗さんが主演しビックリしました。
当時の里見さんは「長七郎江戸日記」の初作を終え、水戸黄門と掛:持ち期間がありつつ、この時は水戸黄門に出てすぐさま本作で主演し、またすぐ水戸黄門で最後の助さん役に挑むところでした。
唐突な「江戸を斬る」の新作は、大岡越前のレギュラー陣が逝去や体調不良などで放映のメドが立たなかった為、いきなり立ち上がったのかな?と当時から思っていました。
7年後の1994年にも同じ里見さん主演の「江戸を斬る」が復活しています。
「翔んでる!平賀源内」
…1989年に放送された、珍しくシリーズ化されなかった作品で、平賀源内を主人公にしたハチャメチャな時代劇でしたが、西田敏行さんが主演していました。
個人的に平賀源内って、飄々とした痩せぎすの人物という印象しかなかったので、西田さんの源内はすごい違和感でしたが、単に源内の知能を活かした娯楽作と捉えて見てみると楽しかったですね。
自分が1人暮らしを始めた頃に月曜の夜やっていて、なんとか一人で暮らせている事を実感しながら晩御飯を食べながら、このドラマを見ていたひと時は忘れられません。
この時初見だった石田ゆり子さんが双子のお姫様の役で出ていたのも印象的でした。
「月曜ドラマスペシャル」
…1989年から2時間ドラマ枠が誕生し、後に「月曜ゴールデン」とか「月曜ミステリー劇場」とかへ変わりますが、このタイトルで長年やっていました。
「ゴリラ・警視庁捜査第八班」
…石原プロが「西部警察」シリーズ以来5年ぶりに放った連続刑事ドラマで、西部警察を越える?平成のニューアクション的に謳われていた作品で、渡哲也さんを主演に、舘ひろしさんと神田正輝さんという石原プロの両輪で固め「満を持して」という感じでスタートしたドラマでした。
「なんでこれ月曜?日曜日でしょ!」と言われそうですが、自分が当時住んでいた地域では月曜日の22時だかに放送されていました。途中からはもっと遅い枠の放送となり、終わる頃には0時を回っていて、テレビ局のエンドロールが流れていました。
「スクラップ」
…これも自分が1人暮らしを始めた頃のTBS21時枠で放送されていて、先の「翔んでる!平賀源内」に引続き見ていました。
世良公則さん主演の連ドラという貴重な作品で、当時世良さんは始まったばかりの「Vシネマ」黎明期の「クライムハンター」シリーズに立て続けに主演していた頃で、長渕剛さんがやっていた「親子ゲーム」の世良さん版という感じでした。
「3年B組金八先生 3」
…久々にレギュラー枠に復活した金八先生シリーズの3作目ですが、この作品だけ色々と異色でした。
・金八の名前由来に沿わず月曜日の放送になった(以後も木曜でしたが…)
・他作はすべて2クールなのに、本作のみ1クール
・他作はすべて同タイトルなのに、本作のみ「3」と冠されている
・金八が桜中学ではない
・副担任(石黒賢さん)がいた
等とにかく異色でした。
「月曜ドラマランド」
…フジテレビの放ったヒット枠で、1983年にスタートしていますが、80年代後半になると当時世を席捲していた「おニャン子クラブ」アイドルの主演ドラマが多く作られていました。それ以外にも前川清さんや中原理恵さん柏原芳恵さんなど、普段ドラマ主演しない歌手などの主演作もありました。
連続ドラマでヒットした青島幸男さん主演「意地悪ばあさん」のスペシャル版も作成されたりもしていました。
「同・級・生」
…フジのいわゆる「月9」ドラマで避けてすらいましたが、なぜかこれだけは見ていました。「朱に交われば シュラシュシュシュ」って合言葉がありましたが、当時自分たちの所属していた団体の貼り紙にそれがあって、最初はなんのこっちゃ?と思っていましたが、後にその言葉の奥深さを思い知る事になり、そのくらい素晴らしい思い出が沢山できたのでした。そんな思い出とリンクするドラマでした。主題歌ZIGGYの「GLORIA」は周りの皆がよくカラオケで歌っていました。
「さんまのまんま」
…1985年にスタートして2016年まで30年以上続いた超長寿番組。
初期だけ見ていましたが、まさかこんなに続くとは思いませんでした。
…1989年に10周年を迎える長寿番組となりました。
突出したエピソードや記憶はないですが、とりあえずテレビをつけて見ていました。
「わいわいスポーツ塾」
…「-100人に聞きました」を見た流れで見ていました。その後水戸黄門へと続く流れは自分の中の定番月曜日でした。
スポーツに特化したクイズ番組ですが、約5年続く長寿番組となりました。板東英二さんが塾長という肩書で司会を務め、レギュラー解答者の筆頭に塾頭という肩書で竜雷太さんがいて、若手のおバカ枠?的な立ち位置で石黒賢さんがいました。石黒さんの立ち位置は後の「世界ふしぎ発見」の野々村真さんのようでした。
…1987年から6年間放送されて、志村さんのピンでの出世作になったといえますが、自分が見ていたのは初期だけでした。
ドリフの中で見る志村さんは、他者との対比や長さんや加トちゃんとの絡みでとてつもなく面白かったけど、ピンになるとそれがちょっと薄れたかな?という気がして個人的にはハマらなかったですね。
◎1980~1984年
「水戸黄門」
…あまりちゃんと見ていなかった時期でした。というのも裏の「ザ・トップテン」を主に見ていたからです。
黄門さまが初代の東野英治郎さんから西村晃さんへバトンタッチし、格さんが大和田伸也さんから伊吹吾朗さんへと交代した時期でした。
「ザ・トップテン」
…この時期が水戸黄門を最も見ていませんでしたが、それはこの番組を見ていたからでした。
ちょうど自分が「ザ・ベストテン」を見始めた頃にスタートし、同様のタイトルの番組があるな、と思って見てみたら同じような、歌謡ランキング番組で、公開生放送だったのがウリでした。80年代前半は20時台はほぼこれを見ていましたね。
「欽ドン!良い子悪い子普通の子」
…80年代前半の21時台はひたすらこれを見ていました。
81年の秋ごろから85年に終了するまで。途中で「おまけの子」というフレーズが追加された番組名になりましたが、いろんなメンバーが入れ替わりながら4年間放送され、山口良一さんと西山浩司さんはずっと通しで出ていました。
その後も「欽ドン」を冠した番組名で違った形のものが続いてはいましたが、全く見なかったので、どんなものか全然知りません。
…「コロコロコミック」で以前から読んでいた漫画が、アニメ化されて毎週楽しみに見ていました。マンガの方が迫力が感じられ、アニメになると少々子供っぽい感じ?というかマンガの大人っぽく荒々しい迫力が薄かった印象がありました。アニメ化に際して小学生をターゲットにしたのかな?とも感じました。
「新・ど根性ガエル」
…再放送でよく見ていた「ど根性ガエル」の新バージョンで、売れる前の「とんねるず」が「ピョン吉ロックンロール」(作詞作曲:横浜銀蝿)という主題歌を歌っていました。
「一休さん」
…1975年にスタートし80年代に入っても続いていました。
月曜日の夜はこれという感じで小学低学年時から見ていて、82年に終了しました。
70年代の方がインパクトあったかなという感じで、80年代はその延長上で見ていました。日本モーターボート協会のCMもインパクトがありました(笑)
…「一休さん」の後番組としてスタートしました。「うる星やつら」から宇宙人的要素を排除して全員生身の人間にしたような?作品で、主人公のエルは男の子なら誰もが惚れるようなタイプなのに、硬派気取りでいつも据え膳食らってるような?青葉春助なんなんだ?とよく思ったものでした。
…1979年にそれまでの「ブラザー劇場」としてドラマ枠だったものが、ここからクイズ・バラエティー枠になりました。自分が見るようになったのは80年以降でした。
この番組で重役、部長、課長、係長という序列を知り、キンキンこと愛川欽也さんの存在も知りました。昇進、二課級特進とか減俸とか格下げとか…そんな言葉も覚えました。
81年のクリスマスプレゼントとして、これの盤ゲームを買ってもらったのも思い出深いです。
「爆走!ドーベルマン刑事」
…シェパードの警察犬が複数出てきて、刑事たちと活躍するドラマ…的な記憶と、新井康弘さんと荒井注さんの「Wアライ」がキャスト紹介に出ていた記憶だけがありました。
誰が出てたとかちゃんと分らずに10年後に再放送でやっときちんと把握できました。
◎1975~1979年
「水戸黄門」
…自分から見た事はなく、親か見ていたものが視界に入っていたという感じでした。
助さん格さんが、里見浩太朗さん、大和田伸也さんのコンビで、個人的にはこのコンビからリアルで認知しています。
そしてこの時期には、唯一このドラマのキャストで映画化がされていました。
また、水戸黄門と交互には大岡越前は1作のみで、他は西郷輝彦さん主演「江戸を斬る」シリーズが立て続けに放送されましたが、本放送では存在自体を知っていたぐらいで、どちらかというと再放送で見た記憶の方があります。
…1979年にスタートし、割に早い時期から見ていた記憶があります。
関口宏さんがまだ司会というより、俳優が司会業に進出したという感じでした。
「一休さん」
…かなり初期から見てはいたと思いますが、今から思えば歌の意味が全然わかっていませんでした(笑) とんちの時の、指先をペロッと舐めて足を組んで考えるポーずをよくやっていました。独特の足の組み方が分からず親に教えてもらってやっていました(笑)
「コメットさん」
…二代目のコメットさんと後で知りましたが、自分たちは世代的にこの大場久美子さんのコメットさんであり、彼女が芸能人として初恋の人、と言っても過言ではないくらい、かわいくて好きなお姉さんでした。
月曜日はこんなテレビを見ていました、皆さんが見た番組はあるでしょうか?