兵庫県赤穂市、昨日「赤穂義士祭」が開催され、行ってきた時の様子です。
(2024年12月)
▼JR播州赤穂駅に着きました!
駅構内に「忠臣蔵」の文字がインパクト大ですが、とにかく忠臣蔵の街である事を前面に押し出しています。
「赤穂義士祭」は毎年12月14日、赤穂浪士のいわゆる「討入り」の日に開催されますが、日が決まっているので、曜日が毎年変わります。
昨年度は金曜日で、平日で仕事もあり、少し早めに16時に切り上げたものの、到着が17時半を回っていては、何もかもが終わった後でした。
その点、今年は土曜日の開催で、朝からゆっくりと出てきました。
これはこれで、休日開催となると観客が増えるので、沿道が大変ですが…

▼忠臣蔵の看板の下は、赤穂駅前の街並みが広がる窓でした。
この街が、この12月14日は超がつくほど賑やかになります。

▼ガラスで反射して見にくいところもありますが、今回の義士祭のポスターです。実に121回目を数え、第1回は1903(明治36)年に開催されており、元禄から200年ちょっとという感じだったのですね。
赤穂浪士が赤穂城から駅前通りを練り歩くのがイベントのクライマックスで、大石内蔵助役に今回は俳優の内藤剛志さんが起用され、これを目的に見に来る方々も少なからずいると思います。
実際、今回ちゃんと見るのは初めてですが、この内藤さんの内蔵助は楽しみではありました。

▼ちなみにこちらは昨年の義士祭のポスターです。
内蔵助には中村雅俊さんが起用され、平日で行けませんでしたがかなり盛り上がったものと思います。

▼パレードが始まるのが10時過ぎからで、9時前に着いたのでモーニングでも、と思い、昔30年くらい前に何度か行った喫茶店に久々に入ろうと思ったら、今年10月に閉店になった、との事で貼り紙があり、55年の営業に終止符を打ったということで、残念でしたが、1990年代前半に赤穂に来ると寄っていたお店でした。

▼パレードが始まる前に沿道にはあちこちから観に来た方が詰めかけていましたが、まだ始まらないしと思って、通りのお店が露店を出していて、蠣ごはんを売っているところが多く、400円で買ってまずは食べさせていただきました。
赤穂は冬に「蠣まつり」などもあり、あちこちで蠣が食べられる良い所でもあります。

▼AM10:30を回ってようやくパレードが始まりました。
最初はこういう感じのもので、義士などの登場は午後になってから、ラストのメインという感じです。
まずは地元の神姫バスから。
横断幕を持った方々が現れました。
その後に、赤穂市のコミュニティバスがゆっくりと通りを走り、拍手喝さいを浴びていました。
その後も、企業さんがパレード行進したりしていましたがそんなに沢山次から次へと現れた感じではありませんでした。
この向こうでは、高校の放送部のメンバーが実況をしていたようで、最初の挨拶だけ聞きましたが、皆さんかなり緊張した様子でした。


▼パレードはぽつりぽつりという感じで、そんな派手なイベントもないようなので、ひとまず晩秋赤穂駅の方へ戻り、駅直結の「プラット赤穂」という商業施設へ寄りました。ここも赤穂へ来た際にはよく寄る所です。
その2Fはちょっとした飲食店と映画館がありますが「赤穂ラーメン麺坊」というラーメン屋さんへ。
プラット赤穂ではほぼここしか寄りませんが、赤穂の塩を売り物にしたラーメンがメニューに並び、もう一つの名物である「牡蛎」の入った「牡蛎ラーメン」を頂きました。
さっぱりしたテイストと麵で、またプリップリの牡蛎の味が十二分に堪能できる素晴らしいメニューで、900円でこれが頂けます。
牡蛎ごはんに牡蛎ラーメンに、牡蛎喰いすぎといわれそうですが、赤穂に来たらやっぱりコレです!

▼お昼にラーメンを食べた後、どうにも眠くなってしまい、帰っても中途半端な時間になるので、とにかく電車で寝ようと自宅最寄り駅で行って、またここ赤穂に戻ろうと思ったら電車が遅延し(山陽本線はほぼ毎日遅延し、赤穂線もそれにつられます)、ギリギリの14:00前にようやく赤穂へ戻りました。
1時間ごとに?反応するからくり時計から、刃傷沙汰のシーンが飛び出してきて、徹底的に忠臣蔵の里である事を感じさせられます。
14時からはメインイベントの義士の練りがあるので、それにあわせて戻ってきました。

▼パレードの沿道でしばらく立っていましたが、14時を回って少ししてようやく、再びパレードのトラックがやって来ました。
忠臣蔵の名シーンを人々が再現したトラックが次々とやってきて、最初はこの「松の廊下」のシーンでした。
前から見てもそれらしいシーンを感じ取れますが、後ろから見ると、背景があったり、車体後ろにはシーン説明があったりして、ハッキリ分かる仕立てになっていました。

▼続いては「田村邸切腹の場」のシーンです。
浅野内匠頭の田村邸での切腹シーンの再現で、刃傷沙汰を起こした即日の切腹という異例の展開だったといいますが、幕府の見届け役が向かいに座っている様もシーンに反映されていました。享年35での切腹…たった300年そこそこ前がこんな世の中だったとは…という感じです。

▼こちらは「東下りの場」。
赤穂から江戸へ下る時に、悟られないように少人数で分散して乗り込んでいったということで、道中茶屋での休憩シーンでしょうか。

▼そして「討入りの場」。
無念の切腹となった主君の仇討ちとして、いわゆる「本懐を遂げる」シーンです。

▼各シーンのパレードはここで終わり、しばらくしてからこの太鼓の乗った車が現れ、太鼓が打ち鳴らされます。
いよいよここからがクライマックス、そんな感じでした。

▼14時30分も回った頃でしたか、いよいよやって来ました。
起点は赤穂城の城門だと思いますが、ゴール地点の「息継ぎ井戸」の近くで待機して、やってきたのが今回のメイン、大石内蔵助役として特別招待の俳優・内藤剛志さんの登場です!
赤穂城門から息継ぎ井戸までの約600mの区間をゆっくりと、陣太鼓を打ち鳴らしながら歩く内藤さん。沿道からは「内藤さーん」とか「捜査一課長」とか、中には「グルコサミン」とコールする方もいて、思わずクスッと笑いながら、基本的ににこやかに闊歩した内藤さん。俳優さんをこんな間近で見ることがあまりないので「うわっ、内藤剛志だ!」ってなりました(笑)
69歳でもバリバリ捜査一課長が似合うし、時代劇経験も「水戸黄門」風車の弥七など豊富なので、風格がありました。
若い頃は系刑事ドラマの犯人役や時代劇のゲスト悪役が多かったですが、今やほとんど刑事役の見事な大俳優になったな、とも思いながら見ていました。


▼こんな風ににこやかに陣太鼓打ち鳴らす大石内蔵助もいいなと思いつつ見ていました。

▼ゴール地点へ到達し、ちょっと遠くへ行かれてしまったので、精一杯拡大してもこの程度しか取れませんでしたが、仇討ちの本懐を遂げたという事で、かちどきをあげる内蔵助の「えいえいおー」の掛け声とともに周囲が合唱となりました。
この時の内藤さんの声がまた野太く、69歳とは思えませんでした。

▼ステージへ上がり、司会進行者より話を振られる内藤さん。
赤穂市長より花束を頂いていました。
今回演じた大石内蔵助について「時代劇をやっている俳優なら、誰しも一生に一度はやってみたい役」と話していました。
また「今の若い俳優さんも忠臣蔵を知らない方がいる」とした上で「今回、このように内藤が来たことで、忠臣蔵ってどんなものだろうとか、そういう学びのキッカケになればいい」というような事を仰っていました。
一気にラストにクライマックスがやってきて、この義士祭には6万8千人も詰めかけたとありました。赤穂市の人口が4万3千人なので、市の人口の1.5倍にあたる人々が見に来たという、赤穂が一気に盛り上がった日となり、休日開催だった事もあるのでしょうね。

↓内藤さんのインタビューの一部です。
※サムネは近くで撮った静止画できれいな映りですが、動画は遠くからのもので顔もろくに見えませんのであしからず。
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