続々トラベルとかナントカ

日本全792市を訪問した駅や旅の記録です

生活と思い出と世の中と(2005年)

遡って掘り返る「生活と思い出と世の中と」。17回目は2005(平成17)年です。

JR福知山線脱線事故という痛ましい列車事故があり、また愛知県では「愛・地球博」という万博が開催されました。個人的には35歳になる年で、今の人生の2/3くらいの時期でした。

 

●仕事

この前年に今の会社に入って、その初任の部署に配属されていましたが、当初はそんなに馴染んでいた感がなく、この年の終わりくらいからやっと馴染めたかな、というところで、朝出勤したらまず商談スペースでうだうだ話すようになり、始業後の業務とのメリハリがついて実に良かったです。

職場の中でもオン・オフ切り替えがありましたが、最近のオフィスでは全然そんなのが無いように思えます。良い時代だったなと。まだタバコは屋内で吸えたのもあり(自分は既に辞めていましたが)、今とは環境が違ってた事を感じます。

 

●ニュース

やはり4月の福知山線脱線事故で100名以上の方が亡くなった、という衝撃的な事件にビックリしました。この時偶々休日で、違う時間帯でしたが、逆方向を走る電車に乗ってたので、尚更でした。

あと愛・地球博は、出張で行った先の本近くでやっていましたが、この時は避けて、その片鱗だけ雰囲気を感じる事としました。キッコロモリゾー懐かしいですね。

耐震強度問題の事件があちこちで発生し、手抜き工事が指摘された箇所が多数あり、これ以降「耐震構造」の工事がなされたり、耐震強度が確認されたりして、うちの職場付近でも耐震強度が絶えられないものがあったりしていました。

地元ネタですが、JR山陽本線の「ひめじ別所」駅が新規開業しました。

 

●資格

去年2021(令和3)年にアマチュア無線3級の資格を取りましたが、この年アマチュア無線4級(4アマ)を取りました。といっても、講習を受けて最後確認テストみたいなのでOKなら取得となる訳ですが。

まぁそんな事で無線機を初めて買って、色々聴いてました。この当時は救急無線なんかも聴けたのですが、後年デジタル化されて聴けなくなりました。

 

●訃報

小森和子さん …映画評論家ながらモノマネされた方が有名になってしまった「小森のおばちゃま

出羽錦忠雄さん …大相撲の元関脇。TVでの解説でも活躍。

皆川睦雄さん …アンダースローで通算221勝。最後のシーズン30勝投手。コーチでも手腕。

星ルイスさん …「セント・ルイス」で大活躍した漫才コンビの背の低い方

頭師孝雄さん …俳優兄弟の兄。重厚な役柄で数多く助演。

ドン・ブレイザー氏 …南海、広島、阪神などで指導者として活躍しプロ野球発展に寄与

福士敬章さん …広島黄金時代先発投手の一角として活躍し、韓国プロ野球草創期にも大活躍。

ポール牧さん …指パッチンのギャグで知られたコメディアン

福井敏雄さん …関西ではお馴染みだった「お天気おじさん」

貴ノ花 …若貴のお父さんとしても有名となった元大関。二子山親方としても大活躍も55歳の早世

松村達雄さん …重厚な存在感が持ち味の俳優、「少女に何が起こったか」の学長、「アリよさらば」の校長なども

橋本真也さん …プロレス界の「破壊王」も40歳の早世

岡八朗さん …70年代からの吉本新喜劇を支えた「奥目の八っちゃん」。学生時代にピンポンやってた、のギャグが有名

中内功さん …ダイエーの創業者にして、福岡ダイエーホークスのオーナー

後藤田正晴さん …自民党の要職を歴任し副総理まで上り詰めた政治家

根上淳さん …紳士然とした悪役を得意とする俳優、「帰ってきたウルトラマン」の隊長役でも有名

本田美奈子.さん …アイドルからミュージカルへ高い歌唱力で活躍も白血病で38歳の早世

仰木彬さん …元西鉄選手にして、近鉄監督、オリックス監督を歴任。仰木マジックで有名に。亡くなる年にオリックス監督を務めた。

 

プロ野球

まずは新規参入楽天球団がパ・リーグに入り、ペナントを戦いました。

前年、近鉄が消滅し、オリックスと旧・近鉄から20人ずつ、上の20人がオリックスへ、その下が楽天、またその下がオリックス楽天…と、楽天には下層の選手が配される事となり、戦力的に最初から勝てないと言われていました。
初戦はナント白星を飾りましたが唯一戦力となる岩隈投手での勝利で、次の2戦目が26-0での記録的大敗で、この惨敗が楽天初年度の戦いの象徴的なゲームとなり、以後他チームとの明確な差を感じながらの試合が続きました。当時の田尾監督は負けるのは仕方ないので、とにかく少しでもゲームになるようにしたいとの思いで臨んでいたといいます。

またセ・パ交流戦もこの年から始まりました。これは通常別リーグで対戦する事のない球団や選手と対決する事がなかったので、良いとは思いますが、「全球団から勝ち星」とかの記録の貴重性がなくなったのは個人的に寂しいなと思いました。

楽天へ、選手の半分を分配した「オリックス」は、オリックスバファローズ」となり、ブルーウェーブは消滅しました。当時のオリックスが正直戦力的に厳しかったので、上から取っても楽天の戦力としては厳しかったと思いました。

長嶋茂雄終身名誉監督が、東京ドームを観戦に訪れ、倒れて以降初の公の場で元気な姿を見せ、感動を呼びました。

 

●大相撲

年6場所すべてを朝青龍が優勝し、年間勝利数も84勝と圧倒的な強さを見せつけた「朝青龍時代」でした。

九州場所後に琴欧州大関に昇進する事となり、翌2006年に新大関場所を迎えます。

引退力士としては、まず幕内・朝乃若が引退し、現在は彼の息子が同じ四股名で関取として取っていますが、この初代・朝乃若は特徴的な仕切りで、両手をつきながら体が地面にベッタリつきそうになり「カエル」と呼ばれたりして個性的でした。

また、同じように息子が同名の四股名を名乗っている共通点で、関脇・琴ノ若も引退しました。大柄の身体に実力者として活躍しました。十両に落ちることなく、幕内のままで引退しましたが、これは師匠・佐渡ヶ嶽親方が65歳で定年を迎え、部屋の継ぎ手の問題もあり、余力を残しながらのやむを得ない形での引退となりました。

その他、五城楼、火華司、和歌乃山などの力士も引退しました。

 

●旅行

この年、8年ぶり2度目の北海道へ行きました。初めて航路で北海道入りして、新千歳ではなく東の「女満別」空港に降り立ちました。前回、街なかしか通らなかったので、この時はすこしカントリーな風景を訪ねるようにして、北海道を感じるようにしていました。

愛知県瀬戸市へ行って、登り窯を見たりしましたが、ここは当時の「愛・地球博」の雰囲気を感じたりもしていました。

 

北海道のカントリー風景

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