俺たちのヒーロー列伝・その21 荒木しげる(1949~2012)
続いてのヒーローは…
われわれの子供時代の憧れのヒーロー、というよりは、当時40代のいわゆる「ナイス・ミドル」でした。
まだその渋いカッコ良さが理解できなかったままに、画面上の彼を見ていました。
年を取るにつれて、幼少時に見たこの渋い中年男性のカッコ良さが理解でき、また思い入れが増してくるというもので、当時見ていた若きハツラツラとした青年だけでなく、異彩を放っていた渋い大人のカッコよさに「ヒーロー」を見出しました。
昨日、4月8日は露口さん90歳のお誕生日でした。おめでとうございます。60代半ばごろから芸能の仕事はされていないようで、事実上の引退状態にありますが、これからもお元気に過ごして頂きたいと思います。
そんな訳で、自分の見た限りでの彼にヒーロー性を見出した役柄をピッアップしてみます!
勿論「太陽にほえろ!」の山さん役は彼の代名詞的な役どころですが、これについては最後に綴ります。
「清水次郎長」/黒駒勝蔵
1971(昭和46)年~1972(昭和47)年に放送され、竹脇無我さんが主演し次郎長に扮した作品です。
露口氏はここでは「黒駒勝蔵」という、次郎長にとっては「敵キャラ」でしたが、ふてぶてしさと狡猾さ冷静さをもち、あからさまに悪行を行う感じではありませんでした。知略をめぐらせ、あの手この手を考えるような、それでいて場合によっては、次郎長の味方をする事すらありました。あまり多く見れませんでしたが、「山さん」を演じる前の彼の役柄は、大体ひと癖もふた癖もある、どちらかというと敵キャラである事が多かった、のが印象です。
ちなみにこの「勝蔵」役は、翌1973(昭和48)年に「風の中のあいつ」というドラマで、「太陽にほえろ!」で共演した萩原健一氏が主役として演じており、助演で露口氏が敵キャラとして演じた役柄を、萩原氏はその若き日を主役として演じ、まったく敵キャラ然とした感がなく、描かれ方が全然違っていました。
「お祭り銀次捕物帳」/一本長兵衛
1972(昭和47)年に放送された、あおい輝彦さん主演の時代劇です。
ここでは、あおいさんが演じる主人公・銀次の良き相談役となる一本長兵衛という謎めいた男を演じていて、ここではどちらかというと悪の香りが漂う「善」の役柄という感じでした。ちなみに「太陽ー」で共演する萩原健一氏と少しだけ共演しています。
この時期に集中して、萩原氏と何かと縁が深かった露口氏でした。
このドラマの終了する前月には「太陽にほえろ!」がスタートしており、1ヶ月ほど「掛け持ち」状態でした。
「同心部屋御用帳・江戸の旋風Ⅱ」等/島津半蔵
1975(昭和50)年に放送された「同心部屋御用帳・江戸の旋風(かぜ)」という加山雄三さん主演の時代劇が好評により、続編が制作される事となり、1976(昭和51)年よりスタートしたこの第二シリーズから、露口氏が同心役としてレギュラーで加入する事となりました。
露口氏の連続ドラマでは「太陽にほえろ!」と掛け持ちしながら、このフジテレビでの時代劇シリーズも彼の代表作となり、一連の「江戸の」シリーズの常連俳優として小林桂樹氏と活躍を続ける事となります。
江戸の旋風では「Ⅱ」で加入し、断続時に放送が続きながら「Ⅲ」(1977年4月~78年4月)、「Ⅳ」(1978年11月~1979年5月)と3作にわたり継続出演しています。
この同心「島津半蔵」は限りなく「太陽にほえろ!」の山さんに近い役柄で、作品自体が現代版「太陽ー」のコンセプトでつくられていますが、そんな中で推理力、洞察力を駆使して謎を解き明かす渋いベテラン、独特の仕草・雰囲気を含め、まさに山さんそのものでした。
「江戸の渦潮(うず)」/辰蔵
1978(昭和53)年に放送された、「江戸の旋風」の派生的作品で、同番組の合間に放送されました。
ここでは「江戸の旋風」での同心から、岡っ引き役として登場していますが、渋すぎて岡っ引き然としてなかった感がありました。
主人公が親子同心で、小林桂樹(元同心)さんと古谷一行(現同心)さんが演じており、その配下にあたる役どころですが、全然そんな風に見えませんでした。
「江戸の激斗(げきとう)」/毛間内以蔵
1978(昭和54)年に放送された、「江戸の旋風」シリーズでの出演を終えてから、その後番組としてまたも「江戸の」シリーズに登場し、「江戸の旋風Ⅱ」から本作まで、3年9ヶ月もの間「江戸の」シリーズに出づっばりの状況でした。それも「太陽にほえろ!」と掛け持ちで。
この番組については、このブログでも記事にした事がありますが、役人にして金で雇った浪人たちと共に悪と戦う「遊撃隊」の隊長で、己の信念の為なら仲間を敵に回す事をすらも厭わぬ「鬼」と呼ばれた男で、でもやっぱり根っこの部分は「山さん」だなと思ってしまいます。
そして彼の演じるこの手のキャラは殆どが妻とは死別していて、そういう悲しい運命を背負ってきた男の厳しさと悲しさをうまく表現している事を感じます。
「森村誠一の終着駅シリーズ」/牛尾刑事
1990(平成2)年~1994(平成6)年にわたり計4作、2時間ドラマで放送された作品で、彼の俳優人生最晩年の当たり役といえる役柄です。
俳優は同じ役を長くやると、そのイメージから抜けきれないので、早めに降板したい、というのが「太陽にほえろ!」出身俳優特にベテラン勢からは多くあり、そのために降板を申し出る俳優が重なって、プロデューサーが時期をずらすのに苦心したという話がありますが、確かにどこで彼を見ても「山さん」が個人的にはついて回りました。しかし、その山さんとの違いを見るのもまた良かったと思っていて、「当たり役」があればこそではないかなと思いました。
この作品はぼーっと見ててあんまり記憶はないんですが、山さんの延長上で見ていたんだと思いいます。
「太陽にほえろ!」/山村精一(山さん)
1972(昭和47)年~1986(昭和61)年まで、14年近く演じ続けた彼の「代表作」かつ「代名詞」ともいえる作品です。彼の俳優としてのキャラはこの作品で決定づけられました。それが良いのか悪いのかはありますが、自分は良いと思っています。
彼が「山さん」を降板した半年後に番組は終了しました。
犯罪者の人間心理を知り尽くした「落としの山さん」として、初期はまだ若かったせいか普段は麻雀に興じて、ここという時だけ出ていく感じたとか、喋り方が荒々しかったり、「動」の部分も少なからずありましたが、年を経るにつれて「静」の雰囲気がすっかり似合うようになり、背中で演技をするというか、その物腰だけで表現される、そんな感じを受けました。
特にこの写真の一本指を立てるポーズですべてを表現したり、その仕草が独特でした。
豊富な経験から、推理は絶対的に外れず、ボスも部下たちも全幅の信頼を置く存在で、ボス役の石原裕次郎氏が大病後復帰してからは現場にはあまり出ず、署内で実質的に指揮を執っていた状況でした。
そんな山さんに「千代田署の署長」への栄転話が持ち上がり、危険な商売だからという事で、養子として引き取った子供と別れ、大きな事件を解決した直後…、組織の残党の報復の対象となり、物陰に隠れて2発の銃声が。
相手が事切れたのを確認階段駆けあがっていく山さん…。仕留めたか!と思い、電話でボスへ拳銃一丁押収の報告を入れた後…
袖口から血がしたたり落ち、意識が遠のいていき…、、そう、やはり相討ちだったのがここで確認できるわけです。
分かれる息子へ電話を入れた後は、受話器を置く事すらできず…23歩進んでいきますが、、倒れ、夜の闇に消えていくようにその命も消えていきました。という殉職劇でした。
「まさか、山さんまで死ぬとは…」と衝撃でした。
丹念に証拠を集め、推理力・洞察力に長けた男、これもまたヒーローだったんだなと年が上がるほどに、その良さが分かるようになってきました。

