続々トラベルとかナントカ

日本全792市を訪問した駅や旅の記録です

俺たちのヒーロー列伝・その21 荒木しげる(1949~2012)

俺たちのヒーロー列伝・その20 里見浩太朗(1936~)

に続いてのヒーローは…

 

荒木しげる(あらき・しげる)さんです。

 

久々に子供時代のヒーローです。

といっても、彼のヒーロー然とした動画は高校生以降になって見た感じで、小さい頃は雑誌や本の写真でしか見た事がない程度でした。

なので、とちらかというと割と大きくなってからヒーロー性を見出しました。実は小さい時に見てるんですが、それが彼だったと知らずに見ていたものもありました。

 

という個人的な事はこのくらいにして、彼にヒーロー性を見出した役柄をいくつか書き綴っていきます。

 

仮面ライダー・ストロンガー」/城茂

1975(昭和50)年に放送された昭和仮面ライダーの一旦最終作です。

1971(昭和46)年にスタートした初作の仮面ライダーは大好評もあり2年間放送が続けられ、その後「仮面ライダーV3」「X」「アマゾン」と続き、本作の放送をもって連続しての放送は一旦終了されました。(4年後の1979(昭和54)年に「仮面ライダー」(スカイライダー)として再スタート)

この作品で、主人公となる城茂(じょう・しげる)役に抜擢されました。

荒木氏は元々は1968(昭和43)年にフォークグループ「フォー・セインツ」のドラマーとしてデビューし、時期的にはグループサウンズ全盛期でしたが、それらとは一線を画す形で、「カレッジ・フォーク」的な路線で活躍し、1973(昭和48)年に解散するまで活動していました。

その後はCMモデルを中心にドラマにチョイ役で出ていた形でしたが、本作が実質的なデビュー作となります。その城茂を演じる事となり、それまでの本名・荒木行徳で活動していたのを荒木茂の芸名にしたといいます。以後何度か、茂⇔しげるを繰返しています。

少し甲高い声での「口上」がいかにも昭和のヒーローでした。

「天が呼ぶ 地が呼ぶ 人が呼ぶ 悪を倒せと俺を呼ぶ」

そしてこの声がまた印象的だったのが、

「へんーーしん!ストロンガーー!!」と変身するシーンですね。腕を何度もこすりつけるところは、当時の近所のガキどもがよくマネしていました(笑)

昭和の仮面ライダーは、その後途切れ途切れながら続いていきますが、初作の仮面ライダーからこのストロンガーまでがよく一括りにされることが多いと思います。その中で、ストロンガーは最もスペックの高いライダーでした、というのは当時ケイブンシャなんかから出ていた「仮面ライダーのひみつ」的な本に歴代ライダーのスペックが載ってて、大体の項目がストロンガー1位だった訳です。

小学生当時はそういう本のみが情報源で、特にストロンガーは自分の地域では再放送がなかったので、そういう媒体のみでヒーロー像を膨らませたりしていましたね。動画で本編が見れるようになったのは、大学生の時にレンタルビデオで見たのが最初だったと思います。

いかにも昭和なファッションも印象的でしたが、何より大きな「S」の字の入った単色のTシャツが印象深かったですね。

ストロンガーの最終回で、歴代仮面ライダー全7名で一堂に会すシーンがあり、子供の頃はただただすごい勢ぞろいだとか思っていましたが、藤岡弘、さんや宮内洋さんなど当時既にかなり売れた役者含めよくスケジュールを押さえられたな、と大人になって思ったものでした。

城茂役では、ストロンガー終了の5年後、1980(昭和55)年に「仮面ライダー」(スカイライダー)に客演の形で数回、髪の短くなった城茂が再び現れ、30歳を過ぎてもこの役を演じる事となりました。

 

「超神ビビューン」/月村圭

1976(昭和51)年7月~1977(昭和52)年3月に放送されたヒーローものです。

ストロンガー終了の半年後に、再び正義のヒーローとして主演で戻ってきました。

当時読んでいた子ども誌の付録にこの番組のシールがついていて、家のヒーターやなんかに貼り付けていたのを思い出しました。

よく間違えられますが「超人」ではなく、超「神」です。

前作「アクマイザー3」の魂を受け継ぎながら、設定も登場キャラクターも一新された形の3人での変身モノです。当時は元祖戦隊モノの「秘密戦隊ゴレンジャー」の成功があってか、いろんな形でいろんな「戦隊モノ」が乱立する時代で、これもそんな作品のひとつでした。

荒木氏の演じるビビューンがメインながら、力のイメージのズシーンや、水のイメージのバシャーンとの3人で構成され、それぞれに個性的な存在でした。

ここでもやはり大学生役ですが、甲高い声で見えを切るようなセリフ回しは、当時のヒーローものにピッタリはまったのではないかなと思いました。

この作品は幼稚園、小学校に上がる前に確かにリアルで見ていましたが、ビビューンが荒木氏と知らず、まだストロンガー城茂も知らなかったぐらいの頃なので、後で振り返ってみて色々分かったという感じでした。

 

特捜最前線」/津上刑事

1977(昭和52)年4月~1987(昭和62)年3月の10年間にわたって放送された「テレビ朝日」誕生時から支えた看板刑事ドラマです。この出演時に荒木「しげる」と、ひらがな表記にしています。

荒木氏が津上刑事として出演していたのは番組スタートから1980(昭和55)年1月までの2年9か月程度でした。

スタート当初は、新たに特命課に抜擢された新人の役どころで、なにかにつけ半人前の姿が描かれた、血気にはやるイキのいい若者という感じのキャラクターでした。そういう事もあってか、スタート時のOPでは高層ビル群をバックに全速力で走り抜けるシーンが描かれています。当時流行のアクション刑事ドラマの新人刑事を思わせるものでしたが、この「特捜最前線」はあくまで人間や犯罪を描いたドラマで、刑事にスポットが当たるのが主の他のドラマとはやはり違っていて、前作の「特別機動捜査隊」の流れをくむものでした。

なので、銃撃戦でバンバン撃ちまくってアクションしまくるというものでなく(レギュラー刑事役がそういう系の方ばかりでしたが)、それと対極をなすといっていいドラマでした。ただ時代背景もあってか、時にそんな拳銃がらみの事件が起きて、銃撃戦に対峙する事もありました。

中でも、初期の「哀・弾丸・愛」という回は、津上刑事の未熟さが強調され、自分が犯人を撃てなかったことを正当化し、撃った先輩を「殺す事なかったんだ」などと非難するうちに孤立してしまったり、そうこうしてるうちに自分の妹を誘拐される窮地に立たされたり…彼の成長エピソードという訳ですね。若いくせに何かと理屈っぽかったのが初期津上の特徴のひとつでもありました。

その後メンバーが変わり、後から加入してくる刑事たちの影響もあり、すっかり一人前の刑事になった津上は、笑顔が素敵な明るいキャラでありつつも、スタート3年目には荒木氏が30歳を迎えた事もあってか立派な紳士に見え、OPの振り返るシーンもスーツが似合う男の風格が感じられました。

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しかしその3年目の終盤、1980年代に入ったばかりの頃、津上は最初の殉職者となります。

ジャズバンドに潜入し、普段のスーツ姿ではなく革ジャンとジーンズで、ドラムを叩きまくっていました。これは荒木氏のバンド時代のキャリアを存分に活かした脚本設定でした。公衆の面前でバンドとして出演し、下手に動けない中でドラムを叩きながら、犯人の狙いを仲間の刑事たちにモールス信号で送る芸当をやってのけ、仲間が犯人の車を急襲するや、ボツリヌス菌の充満した風船を回収し、車に乗り込み突っ走っていきます。

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運転中にボツリヌス菌の入った風船は割れ、車の中は菌でいっぱい…、もうここから出る事はならないと悟った津上は、仲間の必死の制止も振り切って、激しく車を運転していく、、そのシーンで殉職前編を終え、翌週の後編冒頭には、自爆覚悟で車を鉄柱に激突させ、まさに特攻の形で車を爆発炎上させ、菌を死滅させると共に、自らの命も失ってしまった、という形で序盤で殉職となりました。

これは荒木氏の意向で今後は時代劇に進んでいきたい、というものだったそうで、それまで同番組を出たメンバーは転籍や転勤の形でしたが、あえて退路を断つために「殉職」という選択をしたそうです。その割には4年後に「津上刑事の遺言状」という作品で、回想ではなく新録で亡霊?のような形で出演していたりします。

その後は時代劇?と思いきや「走れ!熱血刑事」という松平健さん主演の刑事ドラマにエリートっぽい刑事役でレギュラー出演していました。

 

暴れん坊将軍Ⅱ」/木葉才蔵

1983(昭和58)年3月~1987(昭和62)3月の4年間放送された「暴れん坊将軍」の第2作です。

ここでは「走れ!熱血刑事」で共演した松平健さん演じる将軍吉宗の公儀御庭番「木葉才蔵」を演じました。

初作の最初の御庭番は「仮面ライダーV3」の宮内洋さん、その後「特別機動捜査隊」の和崎俊哉さんが演じていましたが、これに続き本作で4年間、表舞台で華々しい活躍はしないが陰で素晴らしい働きをする「御庭番」の役柄を突き進んでいきます。

宮内洋さんは御庭番で殉職してしまい、荒木氏の次のお庭番として三ツ木清隆さんが演じた「左源太」も壮絶な殉職を遂げましたが、才蔵は無事でした。

 

荒木氏がレギュラーで正義キャラを演じたのがここまでかな、というのが自分の認識ですが、その後目黒区議会議員選挙に立候補しながら落選したりしましたが、2012(平成24)年に63歳の若さでお亡くなりになりました。随分と早いなと感じますが、今年でもうすぐ没後10年、これもまた早いと感じます。