続いてのヒーローは…
黒沢年雄(くろさわ・としお)さんです。
黒沢「年男」表記の頃がヒーロー性を見出したものですが、現在は改名されています。名高達男さんと同じですね。個人的に子供時代にヒーロー性を感じた俳優さんは、いわゆる団塊の世代の方々で、昭和10年代生まれの方々は当時もう30代でちょっとオジサン的に見ていましたが後から振り返るとカッコ良かったな、と思ったりもして取り上げてみました。
この方は昭和50年代のドラマを中心に数々のヒーロー像を演じてこられ、後にはバラエティーで復活されましたが、何度もガン発病で話題になったりもしていました。ここでは個人的にヒーロー性を見出した役柄について触れたいと思います。
デビューは1964(昭和39)年で映画を中心に活躍し、主演助演さまざまな立ち位置で出演し、70年代に入りテレビドラマへシフトしていきます。
個人的にヒーロー性を感じた役柄で、自分が見た最も古いのは1975(昭和50)年に放送された「影同心Ⅱ」でした。
「必殺シリーズ」の二番煎じと揶揄もされた同番組ですが、同心ばかりが集まって殺し屋集団をつくり好評を博した初作のヒットを受けて、続編が制作され、その続編に登場しました。その続編は浜木綿子さん(香川照之さんのお母さん)が主演で、同心でなく尼僧の役で、他にも寺男や牢番など「同心」でないもので組織が構成され、その中で唯一同心役で出演されたのが黒沢さんで、かろうじて「影同心」のタイトルが噓偽りのないものとなりました。
この後はあまり見れていないのですが、1979(昭和54)年より途中参加した「大空港」という刑事ドラマで、中村雅俊さん演じる鯉沼刑事の殉職後に後任として、永島敏行さんと共に加入します。ここでは「バクダン」とあだ名される菊地刑事を演じ、最終回で殉職を遂げます。
大空港での黒沢さんはあまり見れなかったのですが、終了後すぐの1980(昭和55)年「爆走!ドーベルマン刑事」で刑事ドラマに主演します。前回記事、名高さんの回でもこのドラマについては触れましたが、加納隊長という黒バイ隊の隊長役で、主題歌「アスファルト・ジャングル」も歌われています。
加納隊長はハードな行動派で、常に自ら率先して行動する現場リーダーで、また隊員の諫めも無視して突っ走る暴走気味の面も強かったですが、正義を心から愛し、隊員と警察犬3頭を率いて捜査に当たっていました。
黒バイ隊を率いるリーダーという事で、当時小4でしたが、カッコいいなと思って只々見ていました。厳しいけど、笑顔も多々見せて基本真面目な役柄ですが、どこかコミカルな面も見え隠れしていました。
次が同じ1980年「ザ・ハングマン」で、ここでも途中参加してきた名高さんと共演していますが、当初は林隆三氏が主演で、黒沢氏は準主演でした。
「大空港」のバクダンのような、ダイナマイトの「マイト」というコードネームで、やはり危険な香りの男を演じていました。
林隆三さんの「ブラック」との同年代コンビで、「ダブル主演」といってもいいほどの存在感を誇っていましたが、放送半年の予定が好評により1年間へ延長され、林氏の契約延長が困難となった為殉職の形で降板し、黒沢氏が主演に繰り上がりました。それからはもん黒沢モード全開、という感じで、かなりコミカルな面も強調され、当初の苦悩を抱えたようなキャラクターはどこへやら、という感じでもありました。
終了後半年で「ザ・ハングマンⅡ」がスタート、これも名高氏と継続共演となりましたが、ここでも主演し、名高氏の前のハングマンを代表する俳優として活躍しました。ここでも同じマイトのコードネームをもつ日下部孝介役で、ここではカジノのディーラーとして正業を持つ役柄で、やはりコミカルかつハードにカッコよく、この人の役柄はそうした「振り幅の大きさ」がたいへん魅力的だと感じました。
何故かその後があまり続かず、1時間モノの連ドラではハングマンがヒーローっぽさを見れる最後という感じですが、昼帯ドラマ1988(昭和63)年に昼ドラブームを巻き起こした作品「華の嵐」で、飛田雄介という土木建設会社のカシラの役で登場し、渡辺裕之さん演じる天堂の心強い兄貴分として存在感を見せました。
その後のバラエティーでのコミカルさで視聴者は「新しい一面を見た」という方々も多かったようですが、ハングマンを見ていた人間からすると、そういう要素は多分にあったというのが分かっていたと思います。
