(2021年9月当時)
▼これが浦添市で初めて撮った(と思われる)写真ですが、それまで日本全市訪問として記録にも残していたつもりが、浦添市のみなく、通ったものの降り立って歩いたかも定かでなく、ハッキリ訪問の証も残っていない為、「日本全市訪問詐欺疑惑」が浮上し?!先月無理やり訪ねたものです。
那覇のヤマハレンタルバイクで、愛車と同じ車種を調達する事ができ、自分にとっては訳の分からない沖縄の道路を走りながら、浦添市に行き着いて初めて、ここで写真を撮り、地図確認がてらコンビニで休憩していました。
レンタカーはいろんな都市で見かけるものの、レンタルバイクとなるとなかなかなくて、最近ホンダで大々的にスタートさせ、ヤマハでも全国47拠点で展開しているのを見ました。
沖縄は比較的レンタルバイクの普及が高く、現地でも結構あちこちで見かけましたが、車を運転しない人間にとってはバイクレンタルは有り難く、旅の予約時にこれも押さえした。3日前までならOKで、1日借りる形で¥6,300に保険等諸経費追加で¥8,900で借りる事ができました。ヘルメットも借りられます。
って殆どバイクレンタルの話ばっかり書いてますが…(笑)
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▼浦添で訪ねる場所は予め2ヶ所決めていました。
道を色々と間違いながら辿り着いた1ヶ所目はここ「浦添の湯」です。
沖縄県には10回以上来ていると思いますが、意外にも初めて訪ねた日帰り温泉でした。
このビル全体ではなく、ここの3Fだか1フロアのみが温泉施設でした。
▼バイクの駐輪は自転車置き場へ。
建物の真下にあったので、そこへ停めました。
いつもこのバイク乗ってるんですが、こんなレアなバイク、同じのをレンタルできてとてもラッキーでした。しかも自分の乗ってるバイクより若干ですが走行距離が短くて(1,600km位)、まだまだ新品に近い状態でした。
▼建物は「ジスタス浦添」というスポーツジムの一角にある格好です。
浦添の湯は「太古海水天然温泉」という天然温泉で、地下1500mの所から汲み上げられ、またそれが約800万年前に地殻変動により閉じ込められた海水を楽しめる、という事を大きなウリにしています。
お風呂はそんなに種類がなく、浴槽は浅い感じで、露天風呂もありませんでした(サウナはありました)。休憩スペースは少しあってTVのついている所もありましたが、けっこう密に近い状態で、スーパー銭湯というほどの広さも設備もないという印象でした。
料金的に「1時間以内」か否か?で分かれていて、「まぁ1時間もいないだろう」という事で700円払って入りました。1時間以上の場合は「時間無制限」で1,040円払う事となります。
▼浦添の湯を出て、もう1ヶ所の目的地へ。
予め調べて走ってみたものの、途中で行き過ぎてたり色々した挙句にようやくの到着となり、14時頃に借りたバイクでしたが、ここに着いた時は16時を過ぎていて、もうそれれほど走れないなという状況でした。(暗くなってから走りたくなかったので)
こんな山裾に来て何を見に行くんだ??
となりますが、この白い坂道を進んでいく事となります。
▼この場所がどこか?
という事で、こんな看板がありました。
「浦添大公園」として、こんな色々なものがありますよ、という事ですが、全部は回っていないので、一部の風景御紹介です。
▼バイクを止めていた場所には、沖縄らしい花が咲いていました。
▼バイクを止めたふもとから、白い坂道を上がっていきます。
そんな大して歩かないうちに横目に階段が見えてきて、これを上がっていく事となります。
▼坂道よりも階段の方が大変かな、というところでしたが、これを上っていきました。
振り返ると、浦添の街並みが見えますが、建物が全体的に白いのでしょうか?向こうが真っ白に見えました。
▼階段をのぼり切ったところ、藪の真ん前に看板が出ていました。
主には「浦添ようどれ」と「浦添城跡」が見どころになるというところです。
▼上の写真の地点で、右を向いたカットです。
見どころは左側にありますので反対方向へ。
▼という事で、案内看板の左側にはこんな風景が目に飛び込んできました。
これが見たかったものでした、浦添城跡。
1609年頃に薩摩軍の侵攻に遭い城内のものは焼失したといい、太平洋戦争の沖縄戦では首里周辺の重要拠点として重宝されたといいます。
沖縄の城跡の石垣は独特のもので、見応えがありました。
▼という事で、建物を上っていきます。
石垣の坂道の途中にある注意書きは「現状変更の禁止」というもので、落書きやごみ捨ての禁止などにつき書いてありました。途中、木の手すりがついてたりしましたが…。
でもここは、単に観光物があるだけで、全くのフリーで見れるし、周辺にお店などは全くない状態でした。
▼浦添城跡の建物を更に進んでいった様子です。
そこにあった写真は「昭和9年当時の暗しん御門」というものでした。
これが現在の暗しん御門と見比べられる形で飾られていましたが、「暗しん御門」とは「加工した岩盤と石積みでできたトンネル状の通路」の事です。
▼暗しん御門を通り過ぎて、石垣の門をくぐっていくところです。
本土のお城と違ってあらゆるものが石造りなのが沖縄だなと。
▼石垣の門をくぐった入った先にあるのが、この「浦添ようどれ」です。
13世紀に造られた「英祖王」の墓といわれ1620年に改装されたといいますが、大きく「東室」と「西室」に分かれ、西室が英祖王の墓とされ、東室は尚寧(しょうねい)王と一族が葬られているといいます。
しかしながらここは、沖縄戦や採石などで徹底的に破壊され、2005(平成17)年になって復元されたものだそうです。それまでこの辺はどんな感じだったのか見たかったものです。
▼浦添ようどれのスペースから石垣門をくぐって出るところですが、帰りは坂を下って帰ります。割に短時間で、さほどのキツさもなく上ってこれるので、程よい運動程度で来れます(個人的基準ですが…)
浦添で何を見ようか?と考えた時に真っ先に出てきたのがここでしたが、分かり易い観光地ですね。城(グスク)を見るのも勿論ですが、街を見下ろすのもまた素晴らしいものがあり、ただ飲食はセットにしづらいので、そこはちょっと抜きで考えて観た方が良いですね。