続々トラベルとかナントカ

日本全792市を訪問した駅や旅の記録です

俺たちのヒーロー列伝・その7 渡哲也(1941~2020)

 

俺たちのヒーロー列伝・その6 石原裕次郎(1934~1987)

 

つづいてのヒーローは…

 

流れどおり

 

とすると…

 

タイトルに書いてますが(笑)

 

渡哲也(わたり・てつや)です。

 

裕次郎氏といえば続くのは…この方ですよね。

この方も世代によっては見方が違うかもしれませんが、銀幕スターのイメージを持っていた方々もテレビでの活躍を見て更新されたのではないかな?と勝手に思ってます。裕次郎氏はTVに進出しても、どっからどう見ても主人公という感じの活躍をしていた訳ではないので、映画スターのイメージが更新されていない方も結構いるのではと。

あとはこの2人は映画デビューが裕次郎氏1956(昭和31)年、渡氏は1965(昭和40)年と約10年の開きがあり、昭和30年代の映画産業の隆盛を考えると、裕次郎氏の映画スターとしての存在感が心に残る方々も多くいるのかなと。

 

前置き長くなりましたが渡哲也といえばやはり西部警察の大門」のイメージが最も強うのではないかと思います。この役を真っ先にイメージする方が最も多いのではないか、という意味で。

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このカットに象徴されるショットガンを構えて角刈りにサングラス、このイメージを真っ先に思い浮かべる方が多いのかなと思います。

西部警察で大門を演じていたのが最も覚えている方が多いであろうと思いますが、これは石原プロモーションのTV進出初作「大都会」シリーズで演じた黒岩頼介のキャラほぼそのままなのです。

しかしながら「黒岩」の名前はそんなに有名でなく、大門が初めて出てきたオリジナルキャラのように認識されるのが不思議ですが、それだけ大都会に比べて西部警察のスケール感が並外れていたのかな?と今から考えると思います。

 

この方には大門以外にもいくつかヒーロー像を見出しているので、少し触れていきたいと思います。

 

まずは

「忍法かげろう斬り」

という時代劇で演じた「鷹」というキャラクターです。

1972(昭和47)年に放送された時代劇で、忍者を演じています。「渡哲也が忍者?」ってすごく意外な感がありましたが、後の時代劇で「影に生きる」なんてフレーズを聞くと「なるほど」と思わなくもありませんでした。

決して表舞台には出ない寡黙な忍者という役どころはなかなか合ってるなと感じました。

このドラマはレギュラー出演者が少なく、朱鷺(トキ)の太地喜和子氏と百舌鳥(モズ)の范文雀氏といういずれも「くノ一」で、ご両名とも早世されたのは大変残念でした。

この昭和40年代後半というのは彼にとっては病気と闘っていた辛い時期でもあり、連ドラ主役が決まっては降板を繰返していたという状況で、本作も途中で病に倒れ、終盤は実弟渡瀬恒彦氏が代役主演していました。なのでこのDVDパッケージも渡瀬氏の顔になっています。

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「荒野の用心棒」

1973(昭和48)年に放送されたやはり時代劇で、ここでは主演ではなく、夏木陽介氏、竜雷太氏につづく三番手の役柄!というのが何気に衝撃でした。病後であり負担減の意味合いもあったのでしょうか。

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行く先々で用心棒として売り込まれ、そこで襲ってくる相手と戦う形で、主演の夏木陽介氏演じる男は連射式のライフル銃を操り、竜雷太氏は爆雷を投げて爆発させるという荒唐無稽なウエスタン調の色合いの濃い作品で、渡氏が演じたのは谺鬼十郎(こだま・きじゅうろう)いう正統派の刀を使って闘う役どころでした。これもまた寡黙で硬派な男として、前年演じた「鷹」の侍版という感じでした。

 

「大都会」シリーズ

この記事で触れました。

西部警察の大門は大都会の黒岩そのまま、と冒頭触れましたが、第一作の黒岩は名前だけ同じ別人か、かなり年数が開いているか、というぐらい違うキャラクターです。髪も伸ばしてるし駆け出しまで行いかずともかなり若造な感じですし。

アクションに舵を切った「PARTⅡ」のデカ長・黒岩こそが大門の原型であり、ここから西部警察のラストまで7年以上にわたってほぼ同じキャラを貫き通す事となります。

また戦闘スタイルとして基本的に拳銃でしたが、PARTⅢの終盤からショットガンを携えるようになり、このスタイルは大門へと踏襲されていきます。

 

西部警察」シリーズ

渡哲也という俳優を象徴する作品、というか代表作といってもよいでしょう。そのくらい世間に強い影響力を及ぼした役柄だと思います。

大都会シリーズは半年程度のインターバルを置いての放送だったのに対して、西部警察シリーズはほぼ続けざまに5年間放送され続け、彼は一貫して大門軍団の「団長」でした。

大都会はそれほど各刑事にスポットを当てたものではなく、集団で追いかけて戦っていくスタイルでしたが、西部警察になると各刑事の主演回が明確化されるようになり、その刑事が活躍しやがてはクライマックスで危機を迎えると、大門団長が出てきてショットガンをぶっ放して犯人に命中、そこから火ぶたを切るように犯人と大門軍団の銃撃戦…というのが基本フォーマットでした。

だから大都会に比べると「おいしいとこだけ」もっていく感じ?で、ただそれだけ印象に残り、ヒーロー像として人の心に鮮烈に残るのかな?という気もしました。

寡黙だが悪を憎む心は人一倍、シャイで思っている事を口に出せない不器用そのものの男で、基本部下にも厳しいが、愛情をもって向き合い指導し、熱いハートをもって悪に立ち向かう男、それが大門圭介です。そんな闘うヒーローを毎週日曜日の夜に見ては影響された子供も、自分の周りには少なからずいました。「西部警察ごっこ」なるものもあり、大門やるといったらショットガンを走りながらぶっ放すマネとか…。

 

太陽にほえろ!

西部警察終了後は後番組としてスタートした「私鉄沿線97分署」での鑑識担当者や、西部につづく石原プロ制作「ただいま絶好調!」のカシラの役など、主役としてクレジットはされているものの、主人公を温かく見守る立場の役どころに収まっていましたが、ナント「太陽にほえろ!」の終盤1クールだけ、石原裕次郎氏の代役として登板しました。

これは裕次郎氏が休演し、ボス不在となった七曲署「ボスに刑事魂を叩き込まれた男」として係長代理の「警部」として登場したもので、当面はしばらく渡哲也の太陽にほえろ!が続いていくものだと、勝手に思っていました。

しかし裕次郎氏がケジメの最終出演をもって最終回となり、彼の代理もその役目を終えました。「太陽-」新時代の新しいボス像を鮮烈に見せてくれた、と思った矢先だっただけに残念でした。

 

「ゴリラ警視庁捜査第八班」

平成の西部警察といわれたドデカいスケールのポリスアクションでした。

石原プロ制作の久々のアクションもので、裕次郎氏逝去後、自信が社長を引き継いで以降では初の自社作品でした。なので主演と制作も兼任し「制作 渡哲也」となっていました。

刑事役には舘ひろし氏・神田正輝氏と自社の二枚看板を据え、当時新進の人気若手だった仲村トオルも招へいし万全の態勢でスタートしました。

が…

スタート程なくして渡氏自身が足を怪我し、アクションがままならず、他の刑事たちにゆだねる事となりました。平成となっていた時代に合わなかったのか視聴率が振るわず色々とテコ入れを重ね、準レギュラーだった仲村氏は途中降板、神田氏は伸ばしていたヒゲを剃り、戦隊チックなスタイルから社会派刑事ドラマ的な変貌を遂げたものの最後までブレイクしきらず、舘氏の演じる伊達刑事を余命いくばくもない設定にしたりしながら、最後は3時間スペシャルで伊達の壮絶な殉職をもってのラストとなりました。

この頃になると40代後半の年齢もあり、前面に出る形ではなくなっていて、ケガの影響もあったでしょうが、すごいヒーロー像を見たという感じではありませんでした。

 

その後も多数出演はされていますが、ここまで上げた作品に彼に対してのヒーロー像をそれぞれの役なりに抱いていました。

晩年は病に苦しみ昨年惜しくも78歳で亡くなられましたが、多くの人の心に彼の勇姿は刻み込まれている事でしょう。