(2011年2月当時)
江戸時代から、海運・醸造・繊維などの産業が盛んであったといい、往時を偲ばせる雰囲気が色濃く残ったエリアもあります。また山車まつりが盛んで、5年に1度は市内31台の山車が集結するという大規模ぶりであるといい、左下の写真にその迫力満点の雰囲気が伝わってきます。
▼ようこそHANDAへ
という事で、幟が出ていましたが、雛人形と鯉のぼりと、そして大きな山車が載っていました。
もうちょうど10年前の事です。
名鉄インというと、愛知県一円にありそうなイメージを持つかもしれませんが、愛知県内で8ヶ所展開されていて、そのうち6ヶ所が名古屋市内にあり、名古屋志外では刈谷とここだけのようです↓
▼知多半田駅前の通りのひとつです。
右手前の大きな建物は「CLACITY」という駅前複合商業施設です。
これを向こうに300mほど進むと、JR半田駅に行き着くので、名鉄駅とJR駅とどっちの駅前がメインか?という明確なものはないと思います。
▼半田の街歩きを本格的に始めたところです。
クラシティ半田というのは、すぐ上の写真にある大きな複合商業施設です。
レンガ建物に運河に蔵の街に…と近くに観光資源が実に豊富ではありませんか!という事を観光マップを見て感じたので、それに沿って歩き初めたという訳です。
▼古い商店が続く街角の一角です。
営業している店もしていないと思われる店も混在しているようですが、昭和末期もほぼこの姿だったのでは?と思えるような一角でした。
▼商店街だったことを思わせる街灯の建っている通りで、商店も民家も混在するような場所で、木造家屋も続いていました。
右手前は理容店だったと思われますが、軒がボロボロになっていました。いつまで営業していたのだろうか?と、つい思いを馳せて?しまいます。
▼ここもまた渋い通りが続いていきます。
右側は「まるはつ」という表記ですが和菓子舗で、「丸初製菓」というのが正式表記のようで、1893(明治26)年創業の老舗で現在の御主人が4代目だとか。
▼清酒「國盛」の建屋がデカデカと現れました!
國盛(クニザカリ) 酒の文化館
という中埜酒造の企業博物館があります。
中埜 といえば分かる方には分かるのですが…
中埜酢店というのがミツカングループの中核企業であり、ミツカンの社長も中埜氏が務めている、そんなミツカンと浅からぬ関係のところであり、ミツカンの本社もここ半田市にあります。
こういう事も実際に歩いてみて学ぶことだなとつくづく感じたものでした。
▼ここは中埜酒造の本社工場入口です。
中埜酒造自体は1844年創業でこれまた歴史ある老舗です。
かつて丸中酒造と名乗っていましたが1990(平成2)年に中埜酒造となっています。
▼中埜酒造の工場が運河に沿っているのが窺えるかと思います。
長く通っている配管が印象的でした。
▼これも同じ建物ですが、ガラッと変わってしまっててとても同じ建屋のものとは思えないですね。
愛知県で、知多の方へ行くとこのような黒い和風建築が実に目立っていて、この地方のカラーなのか分かりませんが、大変目を惹きます。
▼酒の博物館
入口付近です。
200年前の酒蔵をそのまま利用したもの、という事で、この時は中へは入りませんでしたが、試飲もできるそうです。
黒い建物なのに、窓の縁取りは白というコントラストに満ち溢れた建物なのですね。
ここで一旦、記事を切ります。
次の記事では、更に運河のきれいな景色などもお届けします。