京都府八幡市、京阪/八幡市駅からケーブルカーを上ってからの様子です。
(2006年11月当時)
京阪本線の八幡市駅を出てから、ケーブルカーの同名駅に入って上がっていた先がこの「男山山上駅」です。このケーブルカーも京阪所属で「京阪鋼索(こうさく)線」といわれています。
駅のプロフィールを。
-京阪/男山山上駅-
【路線】京阪鋼索線(八幡市-男山山上間)
【開業】1955年12月8日
【訪問】2006年11月
【1日あたり平均乗車人員】 ?
【近隣の都市駅】(八幡市方面)八幡市駅→隣駅
今からもう12年前の姿ですが、現在もこの駅舎であるようです。
鋼索線は八幡市駅と結ぶだけのケーブルカーで、八幡市駅から約3分、200円で行けます。
ダイヤ的には15分おきで、毎時00、15、30、45分の運行ですが、00分と30分については不定期の(乗客がいれば運行する)形となっています。
最終は18:45と早いので要注意です。


●男山ケーブルの歩み
たぶんこれ左端に年が書いてあったと思いますが、切れてしまっているようです(笑)
普通撮る時は絶対こんな所を見切れるような撮り方はしないはずですが…。あるいは最初からなかったのか…もう記憶にありませんが。
1955年に開業した当駅ですが、この事は最上部の内容ではなく、真ん中らへんの「当社により、男山駅-八幡宮駅間を復活開業」の部分にあたります。男山駅は現在の八幡市駅のケーブルカーのりばを指し、当駅は「八幡宮駅」という名前だったのですね、石清水八幡宮がある事そのまんまの名前で。
また、当時のケーブルカーとして乗車定員136人は最多だったのですね。
京阪として復活開業させたのが1955年ですが、ケーブルとして最初の開業は?というと、実に1926年とありました。90年も前にケーブルカーなどという代物があった事にビックリでした。
●参道
石清水八幡宮への参道です。
これが八幡市にあって、ケーブルカーを上った先にあるなんてこの時訪ねるまで全く知りませんでした。
とにかくズラーッと灯籠が立ち並ぶ中、木々にごっそり塞がれる中を歩いて行きました。山上で最も印象深い風景がこれでした。
「日本三大八幡宮」のひとつとされ、860年に清和天皇が社殿を造営した事に始まる歴史の長い由緒正しき神社ですが、こんな山の上にあるのか!という感じでした。吉田兼好の「徒然草」の「仁和寺にある法師」にもここの名前が出てくるといいます、高校の時に習ったはずですが…[E:coldsweats01]
1869年にこの山に因んでか男山八幡宮と改称されましたが、1918年に石清水八幡宮に戻り今に至ります。名前が戻ってから今年でちょうど100周年になるのですね。
この入口部分の楼門は「国宝」に指定されていて、楼門だけでなく各門など計10棟が国宝指定されています。
訪ねたのが11月でちょうど七五三の時期だったので、ご家族連れが沢山来ておられて、大きな犬のぬいぐるみも「出動」していました。今からちょうど一回り前、この年も戌年だったからでしょうか。それにしてもこのぬいぐるみ、四つん這いになったら「伝次郎」みたいなのでした。伝次郎といっても分かるのはある地方のある一定の年齢以上かと思いますが…。
上の写真でもあるように、本殿は絶賛修復工事中でした。
この時が2006年で2009年竣工予定と記されていたので、3年後には完成したのか?と思って調べてみたら、この年の4月に「修復相成った」との記載がありました。
ただこれは「第一期工事」であって、本殿以外にも色々やっていたようで、その完了は平成24年であったといい、時期を少し被らせつつ第二期工事があり、この竣工予定が今年平成30年であるといいます。
この時は残念ながら、本殿はこんな形でしか見る事ができませんでした。
戌年が終わり亥年へ、という事でこんな感じの絵馬をバックに写る子たちが沢山居ました。
しかしなんかバックが妙に寂しいですね、犬と猪をバックにちょこっと配しているだけで。
先に犬のぬいぐるみが居ましたが、このように亥も登場しました。
やっぱり干支の今年と来年って事で彼らが出てきたのか、って具合で。
山の上なので、八幡市の街並みが一望できます。
向こう側はグルッと山に囲まれている感じで、盆地っぽい地形を思わせます。
この時の雲の湧き方が異様で、そこにもだいぶ目がいってました。
ケーブルカーを下りてきて、八幡市駅前へ。
しかしこの昭和満載感はなんだろう、というこの並び。
八幡市では石清水八幡宮しかまともに行ってなくて、他はこんな風にチラッと寄った程度につき、今後は平地でもう少し観光をしてみたいと思います。遠い所でもないので。











