雲南市では木次(きすき)駅をupした事がありますが、今回は沿線の近くの駅の御紹介となります。
-JR出雲大東駅-
【路線】JR木次線(宍道-備後落合間)
【開業】1916年10月11日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたり平均乗車人員】 164人/日 (2014年)
【近隣の主要駅】 (宍道方面)宍道駅→4駅
(備後落合方面)木次駅 →2駅
●駅名標周辺
出雲大東という事で、平成の大合併までは旧大原郡「大東町」の中心駅でした。今は雲南市となり、市の中心は2駅隣の木次駅であり、当駅は市内の1駅という位置づけにあります。大東というと、大阪に大東市というのがありますが、ここの中心駅は住道(すみのどう)駅であり、大東駅というものは存在しません。どこにあるのかというと…存在しないようです。千葉県いすみ市に「太東(たいとう)駅」というのはありますが…
この駅を初めて訪ねたのはかなり昔の事で1990年11月の事でした。もう26年少し経っていて、四半世紀以上の時が流れていました。ちなみに今回記事掲載の写真は全てこの2017年1月再訪時のものとしています。
JR木次線というローカル路線で、山陰本線の宍道駅から南へ下っていく路線で、昔はオール郡部の路線だった訳ですが、合併でだいぶ市部の通行が増えました。だから活況になったという訳では全くありませんが。
終着駅でもないのに、1面1線という最小限のホームでした。
電車でここを訪ねたのが初訪問の1990年以来26年ぶりで、途中一度来ましたが、それも1992年だったかで、ほぼ四半世紀この駅には寄りついていませんでした。逆にいつか行きたい、と近年思っていたのが今年の正月にやっと叶いました。正月三が日の1/3に訪ねたものです。
「かむあたつひめのみこと」と読みます。
駅の北東には延喜式にも載っているという加多神社があり、配祀神としてこの姫命が祀られているといいます。美しい姫神であり、三神を生んだとも。隣にはそのイラストがある訳ですが、駅名標の横にこのようなものがありました。
反射していて見えづらいですが、上半分が時刻表です。
都市圏からは考えられないような本数の少なさです。
数えてみたら上下共に1日11本のみ[E:sign01]です。もっと少ない路線もありますが…
終電は宍道(松江)方面だと20時台という、これはずこい事になっています。この辺りの地域で21時以降に電車を必要とする事がないのか?というとYESかもしれません確かに。
真ん中あたりに駅の並びがありますが、左端の宍道駅は山陰本線へ合流する駅で、平成の大合併までは八束郡宍道町という郡部でしたが、現在は松江市内となっています。ただし、ここから松江駅へは更に4駅先となります。
下半分は主要な駅への運賃が載っていますが、松江までは580円となっていて、この時も松江から乗ったので、それだけ払って切符を買ってここまでやってきました。
電車が去った後のホームの様子です。
2枚中の上側が木次方面(中国山脈へ向う側)で、下側が宍道(松江)方面です。
ホントに寂しげな様子です。郡部の町の中心駅であったところですが、1面1線なのかと…。
これでは便数もろくに増やせないというものか…という訳ですね。まず行き交いができないし。
上2枚の写真の上側の方(木次方面)で、ホームを向こうへ進んでいくとこのような所へ出くわします。
そのまま左折すれば駅前広場へと出る事となりますが、直進すると広い待合スペースがあります。昔1990年代に訪ねた時にはなかったスペースです。ここは単なる待合スペースではなく、様々な施設が入ったいわば合築駅舎のような形になっています。
待合スペースを入った所です。
広々としたスペースにまばらに机椅子が置かれ、向こうにもスペースがあり、また右に隠れている位置には簡易郵便局も入っています。
これも待合室内のカットです。
ここは色々な貼り紙がありましたが、雲南の地酒で乾杯とか色々ですが、イベント案内が多くありました。この広いスペース自体でも色々催されているようです。昔のこの駅では考えられなかった事で、それなりに活性化に向けて努力されて、それなりの賑わいを見せているのかな、と感じさせられます。
これが駅舎内にある簡易郵便局です。
駅スペースに併設されている所という意味で駅舎内ではないかもしれませんが、外から見たら同じひとつの駅舎内にあると見えるので、「駅舎内」という表現で差し支えないと思います。まぁとにかくそんな所に簡易郵便局があるのって珍しいかなと。この時は正月三が日で閉まっていたのでしょうか。なにせ1月3日の事ですので…。
阿用とはこの駅のある大東地区(旧・大東町)の地名のひとつであり、「出雲国風土記」ではここに一つ目の鬼が出て、それは人食い鬼であったという伝説があるそうで。神やら鬼やら出雲国らしさを感じます。
人食い鬼という事ですが、絵面はどこか間が抜けている感じで。逆に愛嬌みたいなものを表現しているのでしょうか、親しまれるように、とか。そんな絵の描かれた地域支援の自販機が駅内にありました。
この駅の開業が1916年という事ですが、木次線自体も去年開業100周年を迎えました。
同じ島根県でやはり同じように南北を横断する三江線(さんこうせん)は2018年3月31日をもって廃止が決定してしまい、40年余りの歴史に幕を閉じる事となりますが、この木次線も安泰という訳ではなく、とにかく去年無事に100周年を迎えたという事でとりあえずはホッとしましたが、この先どうなるやら[E:sign02]という部分はまだまだあると思います。
ここからは駅前広場へ出てのカットです。
真ん前に大東駅前なる標識のバス停がありました。
このバスは松江駅を経由して松江しんじ湖温泉駅へ向かう便が主流で、1時間に1本程度はあります。ここから電車で松江へ向かう時には、途中の宍道駅で乗換が発生してしまうので、直通で行きたければバスの方が便利ですし、便数も電車より多いので、当初はバスで来る事も考えたぐらいでした。
時間的にもそう変わらず、逆に電車だと宍道での待ち時間次第では長時間になるケースも出てきます。
床面が整備されていたのがまず驚きでした。20ウン年前に来た時は雑然としていましたが、見事なものです。
駅に来た事はあっても、駅前を歩いて…という記憶がなくて、バイクで来て寄り付いた程度のような感じだったので、こうして通りをちゃんと見るのは初めてだったかもしれません。
下側の写真の右にある大きな建物は雲南市立病院で、2011年までは公立雲南総合病院と名乗っていました。かなり前からあったようですが、駅前にこんな立派な病院があった事自体も全然知りませんでした。


●出雲大東駅 駅舎
出雲大東、という字を見ると「出雲大社」と一字違いですね、漢字レベルでは。
それはさておき、2007年からこの新駅舎になったという事で、以前の駅舎とは全く違っており、横が長くなっていて、駅前広場スペースも整備されて広く取られています。市になった事が関係しているのでしょうか、よく分かりませんが。横に長すぎて全体像をなかなか撮りきれませんでした。
確かにこの木次線沿線で、90年代と今と、この駅と木次駅、出雲三成駅など、かつての町の中心駅は確実に姿を変えてるな、という感はあります。木次駅は駅舎自体はほぼ同じで駅前をかなり開発した格好ですが。
とにかく生まれ変わったこの出雲大東駅、ネットでは見ていましたが、この目で初めてその姿を焼きつける事ができました。




●1990年の出雲大東駅
最後におまけですが、管理人初訪問時の1990年11月当時の出雲大東駅です。
この頃は今のようにバシバシ撮れる環境になかったので、1ヵ所でせいぜい数枚の写真しか撮れず、この辺りもこれ以外ロクに撮っていませんでしたが、これを撮っておいてつくづく良かったなと思いました。
在りし日の旧駅舎です。建物の横の長さも今とは全然違う事が分かるかと思います。
しかしこの時はタクシーが複数台停まっていて、今回訪問ではタクシーは全く見かけなかったのは逆に寂しかったかもしれません。













