明石市では、JR明石駅、JR西明石駅、更には山陽電車では西新町駅などをupしていますが、これらにつづく明石市の駅の御紹介です。
-JR大久保駅-
【路線】JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】1888年12月23日
【訪問】初訪問-1998年11月
【1日あたり平均乗降車人員】 18,739人/日 (2014年)
【近隣の主要駅】 (神戸方面) 西明石駅→隣駅、明石駅→2駅
(門司方面) 加古川駅→4駅
●駅名標
大久保駅、といえば、東京でも有名な場所にもありますし、京都府城陽市にも近鉄の駅として同名の駅があります。
JR山陽本線として、西は魚住駅から東は朝霧駅まであり、今回本駅の紹介によってすべてこのブログでは明石市のJR駅は朝霧駅を除く4駅がupされたことになります。
西明石駅が隣にあり、新幹線駅まで1駅と便利な立地ではあります。ただし、新快速は停車せず、東(大阪や神戸)からやってくると各駅停車では西明石駅までの便が多く、残念ながらすぐ手前で止まる事となります。快速電車で東から来る場合は、西明石までを数駅飛ばしながら来て、この駅から西へは各駅停車となります。
新快速、快速、普通とあるとすれば、快速しか停車せず、その快速が本駅以西が各駅停車で運行している状態で、その分がここに停車するという格好です。という事で、ほぼ15分に1本、1時間に4本停車するというのが基本線となっています。
こちらに出ているのは東行きの時刻表で、神戸大阪方面のものですが、逆に西行きの方が終電は遅い形となっています。
大正二年 横河橋梁製作所と銘打たれています。ホームの柱ではなく、ホーム内の時刻表にある柱として活用されています。かつてはホームの跨線橋に使われていた橋梁だそうで、構内ではここで使われていますが、駅前でも使われています。
ちなみにここにある社名は現在は横河ブリッジとなっていますが、東証一部上場企業として存続しています。
2面4線ホームで、下の2枚のうち、上が東側(神戸大阪方面)、下が西側(加古川姫路岡山方面)です。
新快速のの停車する加古川-西明石の間にある、各駅停車する4駅(東加古川、土山、魚住、大久保)で、最も早く橋上駅舎化された駅で、1996年に橋上化されて両側に出口のある形になっています。以後、土山(2003年)、東加古川(2006年)、魚住(2008年)の順に橋上駅舎化となり、今ではこの間の全駅が橋上駅舎となっています。
ホームから見た駅南側の様子です。
「VIVRE」の看板が見えていますが、駅南口がイオン明石ショッピングセンターと直結されています。
1997年10月に「マイカル明石」として開業し、ここに写っているVIVREやSATYなどの複合のショッピングセンターとして建物ごとに、1番街から3番街まで、現在では5番街も追加され、イオンのもとで運営されていますが、かつての隆盛時は店の外壁部分に巨大な広告スペースがありました。これが無くなった頃から経営がどうなのか??と心配してしまいましたが…。
なににせよこの大久保駅が新快速非停車でありながら、いち早く橋上駅舎となったのは、この巨大ショッピングセンターの誕生を控えてにほかならず、その効果によるものかと。
手前に時刻表がありますが、15分に1本間隔は少々長いと感じる時があります。新快速停車駅であっても、新快速しか乗らないという選択肢になる場合は同じく15分に1本という事も少なくないのですが、今のような冬の寒い時は結構こたえるものですね。
ここの電光板に出ている「PASS」は新快速等の追加です。特急や貨物列車の通過等の場合もあります。
明石原人発祥の地、との事です。
明石市大久保町八木という所で、古代人の腰骨が発見され、しかし当初は真剣に取り合ってもらえず、またいまだに年代が特定し切れない、等色々な難点があるのですが、昔の人の骨が発見された地が近くにある、とされています。
駅でいえば当駅の真南の山陽電車・中八木駅のかなり近くとなり、ここJR大久保駅はその発見された地の「JRでは」最寄駅という事になり、2km近くの距離があります。
ただ、この大久保の地でこれ以外になかなかウリがないせいか、スタンプには原人が使われている格好です。この人骨が原人の頃の物かすら不明な状態でありますが…。
南口にはマイカル明石と高層マンションが複数建っています。
マイカルへは店舗直通の通路が2F部分で繋がっていて、下の部分はこんな感じですが、ロータリーのスペースがあるのみという感じで、駅出口としては北口の方がメインになります。花壇がきれいですね。
駅舎というより階段が下りているだけの「通路」という表現の方が合うと思います。
右側が駅ホームや改札などの駅スペースで、通路が続いていますが、左折するとこのように出口へと降りる階段があり、直進すると(この写真でいうと、左へ進むと)マイカルへの直通通路として更に繋がっています。
下2枚中の上側は南口の出口からかなり引いたカットで、ロータリーの外周が見える形のものです。と共に、橋上駅舎の構造も垣間見えると思います。下側の写真は駅舎のようですが、南口の階段を降りてすぐの地点からホーム側を撮った様子です。「大久保駅」と表示されているのは、南口駅舎ではなく、ホームからの階段上の(改札周辺の)建物の外壁部分にあたるもので、そこに駅名表示される事で駅名が分かる形となっています。
南口出口階段の横に表示しようとしても、その上に通路があったりして、なかなか目立つ事がないと思われてか、通路より内側の建物の横っ面に駅名表示させている訳ですね。
北口へ回ってきました。
こちらがメイン側になりますが、駅前広場も広く取られていて、その一角にはこのような時計塔もありました。
さて、この柱、どっかで見たと思ったら…
駅ホーム内の時刻表に使われていた柱とおんなじものです。
やはり大正2(1913)年製ということで、もう100年を越える歴史をもつものですが、今もこうして受け継がれているのはとても素晴らしい事ですね。この時計塔は、その重い歴史によって支えられているのですね。

●北口駅前通り
大久保駅前のメインとなる駅前の通りで、ちょうど駅前広場を抜けてすぐの辺りです。
明石市は港町そのものというか、南の海側は色々と見どころがあるのですが、北側へ向かっても正直これというものが浮かばず、神戸市北区や加古郡播磨町の主要道へつながるのみ、あるいは第二神明の大久保ICへつながるくらいで、本当に明石市北部って何があるのか?と思わされます。とりあえずこの辺りのような駅前すぐだとこうしていろんな店やマンションがある訳ですが。

●大久保駅(北口)駅舎
南口が階段だけであるのに対して、この北口は出口階段横に駅名表示があり、正面から見ても外側の建屋に駅名表示があったりして、駅舎然としていてやはりメイン側だなと感じさせます。
初めて訪ねたのが1998年11月の事と記憶していますが、今のこの姿とほぼ同じでした。もう少し早く訪ねて写真に収めていれば、全く違う平屋駅の姿を記録に残す事ができたのに…と思うと少し残念ではあります。
この駅舎の特徴としては何といっても、真ん中部分のルービックキューブのようなクリスタルな部分ですね。こういう形のものを見る度にこの駅を思い出します。













