島根県鹿足郡津和野町のJR津和野(つわの)駅です。
津和野町では以前にJR青原駅をupした事がありましたが、その津和野町の中心たる駅です。本来はこの津和野駅を先にあげたかったのですが、記録として残しておらず、青原駅しかなかったのでこれをupしたのですが、この夏ようやく津和野駅の再訪が叶い、今回御紹介できる事となりました。
-JR津和野駅-
【路線】JR山口線(新山口-益田間)
【開業】1922年8月5日
【訪問】初訪問-1996年1月
【1日あたり平均乗車人員】 197人/日 (2014年)
【近隣の主要駅】 (新山口方面)宮野駅→11駅、山口駅→13駅
(益田方面)日原駅→2駅、益田駅→7駅
●駅名標
ここの初訪問は1996年1月の事でしたが、当時記録全くなしの状態で訪ねてしまい、いつか再訪を…と思っていた折、今年夏にようやく叶いました。実に20年ぶりの再訪でした!よってここでお届けする写真は全て今年8月当時のものです。
「山陰の小京都」として有名で、地形的な面で萩などと共にツアーの組まれる事の多いこの津和野ですが、JR山口線の途中駅では島根県側の代表的といっても過言ではない存在です。
津和野町で前回upした青原駅は旧・日原町の駅のひとつですが、ここ津和野は平成の大合併(津和野町と日原町の合併)以前も津和野町の中心駅としてあり続けている状態です。この沿線は郡部が続いていて、最も近い市の中心駅は島根県の益田駅で7駅あります。反対方向では山口駅まで13駅を要します。
2km以内のところで列挙されていて、徒歩訪問も十分可能な圏域です。
ただ、駅を出た通りが小京都の雰囲気溢れるエリアであるので、歩いているだけで十分よい旅になると思います。
文豪・森鴎外(1862-1922)の出身地であり、その旧家が遺されています。
名所とは無関係ですが、歌手・森昌子さんのシングル曲で「津和野ひとり」(1978年6月発売)という作品があります。管理人は津和野という地名はこれで初めて知りました。恋した女性がある時雑誌に出ていた津和野の街を見て、独りでやってきた、というような内容の曲でしたが、1人でフラッとやってきて、色々考えながら歩くのも良いかもしれません。
こちらは新山口方面の時刻表です。
10時台までは1時間に1本ありますが、以後は間隔が開いていきます。
一応15~17時台は1時間に1本になるものの、終電は実に19:35!!
山口線は島根県側だとかなり本数が減り、ここはまだ特急が停車する分だけ赤字の列車が停車しますが、各駅停車の駅ではこの分がなくなってしまう形です。南側はここから11駅先の山口市にある宮野駅から本数が増え、宮野-新山口間(山口駅・湯田温泉駅含む)はさほど時刻を気にしなくても…という感じですが、宮野以北、とりわけ特急停車しない訳はよく時刻表をチェックしておかないと…という事になります。
右側が山口方面、左側が益田方面になります。
益田からは山陰本線に合流し、萩方面へアクセスできるわけですが、山口市から萩へアクセスする時は「列車」という選択肢ははまず考られず、バスでのアクセスとなります。
理由は鉄道利用の場合、
1.益田を経由する為、その分の時間がかかる
2.益田からの山陰線の本数が極少
の大きく2つです。
バス…新山口駅6:26 ⇒ 東萩駅7:54 (1時間28分)
鉄道…新山口駅5:53 ⇒ 山口駅6:16着、6:30発 ⇒
東萩駅7:54 ⇒ 益田駅8:35着、9;31発 ⇒ 東萩駅10;42
(4時間49分)
と、こんなにも違います。
で、津和野駅から萩へのアクセスについては、バス移動は確認できず、公共交通機関では益田経由で鉄道利用しかないようです。2時間余りかかるようで…。萩・津和野としてツアーでセットにされる事の多い両者ですが、公共機関での移動がこんなにかかるのは山陰本線の機能ぶりが窺えてしまうというものです。
跨線橋が見えるテイのカットで2枚ありますが、ホーム自体は1面2線です。
つまりこの写真を撮っているホームだけで列車の運行が機能しており、この跨線橋は改札側と繋ぐために機能しているものです。
という事で、右側はそのまま改札側への通路となっています。


●跨線橋内
通路はやや狭めな感じで、ポスターを貼ってるのは意外と少なく数枚でした。
窓も半分程度あるのみで荒涼とした感じでした。

●跨線橋から
駅舎側と反対側を撮ったものです。
右側のホーム側の屋根は結構広く取られています。やはり特急停車駅だからというのはあるのでしょうか。
左の駅舎側は、見事な石州瓦色の屋根というところでしょうか。この辺りは街を見ていても住宅は軒並みこのようなオレンジぽい石州瓦の屋根がひしめきあっているのも見られます。
稼働しているホームから駅舎側を眺めた様子です。
左端の跨線橋を下りて、右へ進んで行き改札へ至ります。
ただそのための通路につき、線路は通っていても、ホームの際は完全に柵がなされています。
駅の字が旧字体になった柱に昔ながらの雰囲気の木製ベンチに腕木式信号機?ととりあえず昔を思わせるものを羅列してみた、という感じではありますが、昔の雰囲気は漂いはするかな、という事で。
改札を出て、駅を出ようかというところです。名所案内で連ねられていた場所も写真付きで説明文と共に紹介されています。
この辺りでは数少ないみどりの窓口があり、間口の広い駅舎です。
ただ、終電が早い為、窓口の取扱時間も18時までとなっています。
また観光の要素も強い為、各種パネルも設けられています。
広い駅前広場があって、その真ん中に植込みだけの円のエリアがあってロータリーを形成している格好です。
この駅前広場の形といい、道の分かれ方といい、兵庫県の城崎温泉駅を彷彿とさせる、個人的にはそう思いました。
小京都として有名な地ではありますが、人で賑わっているかというとそうでもない感じでした。20年前の初訪問時は平日でしたが結構賑わっていたイメージを勝手に持っていましたが。
山口線屈指の規模の駅舎です。
島根県の郡部の駅舎としてもかなり大きい部類に入るかと思います。
それでも近年は1日の利用者数(乗車人員)が200人を切る程になってしまい、県内を走る三江線は廃止の方向へと追いやられてしまい、益々厳しい状況になっています。残ってほしいと思うのですが、利用される以外にその道はないので、なんとか利用促進が進んでくれないものかな、と思うばかりです。
駅から見た駅前広場をより引いた感じでのカットです。
広々とした駅前広場の様子が窺えるかと思います。
とりあえず正面の通りを、右斜めになる形で進んで行きましたが、さして目的のない場合はこの通りを進んで行けばよいと思います。
山陰屈指の小京都の街並みはここで堪能できます。












