川越市は埼玉県の南部に位置し、人口は350,421人(2015.5.1現在)で、埼玉県では3番目に多い(さいたま、川口に次ぐ)人口を有し、本ブログで初の人口35万越えの都市の御紹介です。これも累計PV数が350,000を越えた事によります。ありがとうございます。
川越といえば「小江戸」です。「小京都」と呼ばれる町は全国に数あれど、小江戸と呼ばれるのは川越ばかりなり(川越のみ)という事で、菓子屋横丁など非常に有名です。昨年出火して大変な事になりましたが…
-JR・東武/川越駅-
【路線】JR川越線(大宮-高麗川間)
東武東上本線(池袋-寄居間)
【開業】JR-1940年7月22日
東武-1915年4月1日
【訪問】初訪問-2007年8月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-37,327人/日 (2014年)
東武-125,687人/日 (2014年) ※東武は乗降人員
【近隣の主要駅】(大宮方面)大宮駅→5駅
(高麗川方面)高麗川駅→5駅
(池袋方面)上福岡駅→2駅
(寄居方面)鶴ヶ島駅→3駅
●駅名標周り
JR川越線というあまり長くない路線の1駅で、埼玉県でも高崎線などには多くの市の駅がありますが、そこからは少し路線が外れるロケーションです。
ここに初めて来たのが2007年8月、とにかく暑過ぎて頭がボーッとした中で訪ねた記憶が殆どを占めていて、楽しむ余裕もなかったです。行く季節を間違ったとしか思えなかったですね。本当は街なかを沢山楽しみたかったのですが、とにかく暑過ぎて歩く余裕がなかったのを覚えて今。
右が3番線、左が4番線です。
JRが4線、東武が2線使用しており、JR側は3~6番線を、東武が1,2番線を使用している格好です。ただしJR側は実質は2面3線ホームとなっています。
例によってまた大きな東武の駅名標、すごく立派な雰囲気を受けます。
隣の駅は川越市駅となっていますが、この川越市駅の方が東上本線での川越市の代表駅であったものが、この川越駅にその座が移行していったようです。
ちなみに川越駅は東上鉄道として開業したのがその始まりで、去年で開業100周年を迎えています。当初は「川越西町駅」と名乗っていましたが、1940年になって国鉄の川越駅が同地に誕生した事から、こちらの東武駅も川越駅となりました。
埼玉県は「越」の字の自治体名が多いですね。川越もですが、越谷(こしがや)とか越生(おぜこ)とか、なかなかすぐ見て読めない名前で。

●東武改札前
「東武東上線」と吊り下がっているように、東武の改札周辺の様子です。
JRとは改札が分かれており、相互に乗り換える場合は、例えば一旦JRの改札を出てから東武の改札へ入り直す必要があります。この辺りではJRと他社が乗り入れている場合、こういう構造はいくつか見た覚えはあります。
2F部分から出ると、このようなペデストリアンデッキが広く取られていて、関東の都市の駅では結構あるなと感じましたが、こういうタイプの駅って、駅舎の全体像が撮りにくいので、ここへ出てきた途端に、それを考えてしまいました。
「ようこそ小江戸川越へ」の横断幕がありましたが、どこにこれを置くかは別として、川越って小江戸なんだな、という印象づけの役目は果たしてるのかな?という感じでした。色んな地へ来て思うのは、ここは何の町か?という時に一言で書いてある、そんなキーワードがあるかないか?って結構重要かと思います。
出口出た後の2F部分からの眺めです。
高層ビルが続きますが、片側だけという印象でした。
この先正直あまり詳しく歩けてないので、見た目かぎりになりますが、当時は暑くてこの辺りウロウロするだけで限界だったので…、、いつかちゃんと訪ね歩きたいと思っています。
川越駅前の象徴的な存在といえる大きなオブジェです。
パクパク、と俗にいうのか分かりませんが、指を入れて遊ぶ折り紙を個人的には真っ先に連想してしまう形です。
これは「時世(ときよ」)」という名の作品で、かつては時報の機能も有していたものだそうですが、音と光が出なくなって久しい、とどこかでありました。排気口としても機能しているものなのだそうです。
2Fペデストリアンデッキのエリアが広いのは、下がバスのりばとして広く活用されているからかもしれません。特にこの東口は8番のりばまであり、近隣の各都市までの便が出ています。

●川越駅 駅舎
先述のように2F通路エリアが広くなると、駅の全体像が撮りにくくなるので、こんなカットになったりしてしまいがちです。
このくらいの大きさの駅、という事で伝わればいいかと思いますがどうでしょうか。
関東の都市部によくある駅、という感じの風貌ですが、これが35万都市の中心駅です。






