(2006年8月当時)
▼駅から通り
新庄駅から出て、駅前の通りを眺めたショットです。
向こうには駅前の通りが続くのが見えます。
▼駅前通りをゆく!
駅前通りの様子です。
独特の街灯が立ち並び、金の茶釜などの絵が載っていました。下の幟にチラッと書いてあったのは「金の茶釜とおり」でした。
▼金の茶釜 説明板
茶釜の絵からタヌキのしっぽが見えています。
文福茶釜ですね…
新庄との関係性がイマイチよく分からないんですが…
▼昔かたりのきこえるみち
駅からすぐの通りは上の写真の「金の茶釜とおり」、その向こうは「こぶとり爺さまとおり」となっていて、これと交差する通りも御覧のようにそれぞれ名前がついています。しかし繰り返すようですが、新庄との関連性は不明です。むしろ、こういうのをきっかけに街をアピールしようとしているのか…
という標識は立っているものの、さして他にそれらしいものが感じられた記憶がなく…というところでした。こぶとり爺さんの通りなんだな、と心に言い聞かせながら?!通ったのを覚えてます。
▼最上公園
として親しまれるこのゾーン、新庄城跡でもあります。
新庄城は、別名を沼田城、鵜沼城といい、1625年戸沢政盛により築かれたお城ですが、1636年には火災に遭い、天守が消失し、その後再建される事はなかったといいます。
1868年には戊辰戦争で舞台となり、陥落。同年のうちに廃城になったそうです。
▼新庄城絵図
城の建物自体は殆ど失われているそうです。
入口の1本道のサイドにある大きなお堀です。
情緒たっぷりで、中に建造物は殆どないものの、この辺りはすごく立派ないでたちとなっています。
▼表御門跡
石垣と共に、このような標識が立っていました。
この石垣の上に櫓門が立っていたそうです。
建造物的には、新庄城跡の中で、城跡を強く感じさせるひとつではあるかな、と思います。


