北広島市は北海道の西部に位置し、人口は60,216人(2012.12.31現在)で、県都・札幌市に隣接するベッドタウンで、1996年に人口5万越えもあり市制施行され、まだ市としての歴史は20年に満たず、元々は広島村→広島町ときて、市制化の際に広島県広島市との混同を避けるべく「北」広島市となりました。(その後広島県で北広島「町」というのが誕生しましたが…)
開拓期に広島県人が集団移住してきたことから付いた自治体名といわれ、また地獄ラーメン発祥の地ともいわれています。
-JR北広島駅-
【路線】JR千歳線(沼ノ端-白石間)
【開業】1926年8月21日
【訪問】2013年4月
【1日あたり平均乗車人員】 7,990人/日 (2011年)
【近隣の主要駅】(沼ノ端方面)恵庭駅→3駅
(白石方面)新札幌駅→2駅
▼駅名標
開業当初、この駅は「広島村」にある状態でしたが、開業当初より「北広島」駅を名乗っていて、市制化された1996年(駅開業の70年後)にようやく、駅名が自治体名になりました。駅名が自治体名になるのは結構珍しいケースです。
JR千歳線に属し、新千歳空港からだと札幌よりも近い位置にあります。実際この時は今年GW北海道旅行の帰りのフライト時に唯一新規で訪ねた市で、午前中のフライトだったので、千歳に近いとこしか寄れない状態でした。
札幌新都心といわれる新札幌駅から2駅という好位置にあります。1970年当時は人口9000人程度でしたが、80年には34,000、90年には47,000と70~80年代に大きく人口が増加しています。
▼ホーム
ホームでいろんな写真撮りましたが、1枚で端的に表せるのがこれかなと思いupしました。
ホームは2面4線あり、向こうに見える跨線橋で繋がっていて、そこが改札になっている橋上駅舎です。
ここも江別駅同様、次発列車はそれぞれのホームで1本のみ電光掲示されています。
写っているこのホームの右が1番線、左が2番線です。電光掲示の向こうには階段があり、通常はドアの中に閉ざされている室内型の状態です。
左側に見えるホームが右から3番、4番線です。
通常は1,4番線が使用され、2,3番線が待避線という扱いです。
スロープだと思いますが、なかなか豪快に長-く続いていて、屋根が坂とは平行でなく、水平で段々として固まりが幾つもあるというデザインにインパクトが感じられました。
▼エルフィンパーク交流広場
駅舎内はこんな素晴らしい屋根を持った広場となっていて、自由通路の役目も果たしています。
前回の江別と比べると人口半分で利用者は逆にその倍以上あって、そんな事からも駅舎の充実度にも影響があるのかなと思ったりしました。勿論自治体や企業やなんやらが金を出せるかもありますが…
2000年3月に総工費32億円を投じて竣工された、とありました。
エルフィンとは、小妖精(のような)…という意味合いの言葉です。
しかしこの屋根はヒットです。正直この度の北海道旅行は3日間素晴らしいものを見れた感に乏しかったんですが、これは良かったなと思いました。
▼駅向かい
自由通路から駅東口を降りたすぐ向かいにあるのがこの「北広島市芸術文化センター」です。
月に1回程度公演があるようですが、ジャンルは様々のようで、お手軽なコンサートよりはやや高尚な雰囲気?!のものが多い印象を受けました。寄席や和太鼓等々。
▼北広島駅 駅舎(東口)
東口の駅舎です。
階段が前に横にと伸びていて、いろんな色のいろんな形のものでつなぎ合わされた、そんな印象を受けました。それこそ幾何学のような…
てっぺんの分度器みたいな半円の屋根もいいアクセントつけてます。階段がカクカクッとしつつも角の部分が曲線になっていたり、色々形として面白い要素が沢山ある、そんな印象を受けた駅舎でした。

▼西口駅前
どちらかというとサブ側になる西口の駅前広場周辺ですが、タクシーは多く停まっていました。向こうを見渡して高い建屋は1軒見えただけ。この右側にちょこちょこあったり、団地も並んでたりしますが、東口と比べると穏やかな印象でした。
▼北広島駅 駅舎(西口)
東口とは打って変わって、どこか地下鉄駅の駅舎のような雰囲気でした。
エルフィンパークの銘は打ってありますが、JR北広島駅、との銘打ちは見当たりませんでした。メインの東口でもJR北広島駅、という表記が見当たらずやや残念なところでした。
ここも分度器屋根がドカッと頭をもたげていました。
この日は雨で、この後の駅周辺散策もいま一つで、傘がいるのもそうですが、雨降るとレンズも濡れる訳で、撮るのも一苦労になってしまいます。
