甲府市は山梨県の北部のほぼ真ん中を南北に細く通る形で位置し、人口は196,166人(2012.12.1現在)で、甲府=甲斐の府であり、山梨県の県庁所在地です。
武田信玄など武田氏の城下町として、また甲州街道の宿場町として栄え、現在は宝石研磨などの産業が盛んで、昇仙峡など名所があります。
-JR甲府駅-
【路線】JR中央本線(東京-塩尻間)
身延線(富士-身延間)
【開業】1903年6月11日
【訪問】初訪問-2000年2月
【1日あたり平均乗車人員】 13,608人/日 (2011年)
【近隣の主要駅】(東京方面)山梨市駅→4駅
(塩尻方面)竜王駅→隣駅
(富士方面)東花輪駅→8駅
▼駅名標周辺
ここに初めて来たのは、山梨県初訪問でもあった2000年2月の事で、日本で最後に足を踏み入れた都道府県が山梨県でした(その最初はここではなく大月市でしたが)。つまり山梨県訪問をもって、47都道府県全制覇が完了したのでした。当時これだけは20代のうちにやっておこう、と思って自分に課したもののひとつでした。
ただその時の写真は今みたくデジカメも持っておらず極めて限定的なため、今年2月に県内の未訪市であった中央市・南アルプス市訪問時にここにも寄り、実に13年ぶりの訪問と相成り、ここに載せる写真は基本的にその時のものです。
JRて中央本線に属しながら、静岡県の富士へと下る身延線へも分岐し、JR東日本と東海の境界にある駅です。
▼ホーム
ホームは実に4面5線もあります。
1番線はここにもあるように長野方面で、2・3番線は八王子などの東京方面などと中央本線のもので、4・5番線は身延線のホームとなっています。
▼駅ナカモニュメント
手前の釣鐘、説明書きには「かふふ来の鐘」とありました。「かふふ来」と書いて「幸福」という漢字での「逆ルビ」が振られていました。
旧甲府駅の上りホーム東端の跨線橋の下にあった釣鐘だそうです。
1984年の跨線橋撤去に伴い移設されたそうですが、元々は昭和初期には既にあったそうです。戦後に駅構内の建物が火事になった時にこの釣鐘を叩いて大事に至らなかった、というエピソードも書かれていました。
その右向こうは旧甲府駅の煉瓦倉庫とありました。実際にその時の建物の一部をモニュメント化したもので、1903年の開業当時にはあったと思われ、昭和初期までは汽車内はランプで灯りをとっており、この倉庫はその灯油の補給・整理をする場として活用されていたようです。
▼駅構内
富士の国やまなし国文祭(国民文化祭)開催中とあり、今年の11月までだそうです。
駅出口の天井はすごい派手な事になっていて、ポカーンと見とれてしまいました。

▼駅前俯瞰
駅から見下ろした様子です。
タクシーロータリーのあたりですね。
ぐるっと広場を囲うようにして屋根ひさしがついています。
▼信玄像
甲府駅前を象徴する存在として君臨してきた?!武田信玄公の像が睨みをきかせています。
なお、高さは信玄公そのものも台座も共に3.1㍍で、全体で6.2㍍という事になります。
銅像の重さは5,000kg。5tがこの台座の上に乗っかってるってのは驚きに値します。
甲府駅を出ると右側にありますが、昭和60年にこの地に移転してきたそうです。
駅前広場含めた駅前の様子です。
さすが県庁所在地の中心駅の駅前風景です。山梨県は人口10万越えがここ甲府のみで20万越えの年がひとつもないという状況で、この辺りが県下で最も栄えているエリア、といっても過言ではないと思います。
▼甲府駅 駅舎
「エクラン」という5F建ての駅ビルになっています。
八王子セレオとか国分寺エルのような系列の店が東京23区外の市を中心に存在しています。
▼2000年の甲府駅
いまから13年前の、甲府駅の姿です。
かつてと殆ど変化なく、駅もここまできています。こういう写真も残しておいてよかったなとつくづく思います。後で振り返った時に、こんな景色があったな、なんて話ができれば幸せ、というものですね。

