茨城県守谷市、関東鉄道・つくばエクスプレス/守谷駅からの歩き旅です。
※2011年8月当時の様子です。
▼守谷市マンホール
最初はマンホールの写真を。
守谷市の鳥である「小綬鶏(コジュケイ)」という珍しげな鳥が描かれています。
キジ科の綬鶏という鳥の小型版という意味合いのネーミングのようです。
小綬鶏は、日本へはペットとして移入されたそうです。鳴き声はすれど姿はなかなか現さない鳥という事で、市内でこの鳥を探すイベントがあっても、姿よりも声を探すのが目的になっているのが実際のところだそうで。
で、この鳥が3羽仲睦まじい様子で描かれていますが、「雛を連れて集う姿は、一家繁栄の象徴。守谷市が10万都

▼長龍寺 楼門
駅から歩いて程無く、「長龍寺(ちょうりゅうじ)」というお寺に出くわしました。100mも歩けば出くわします。
色んな市を行くにつけて、駅近くで名所があれば行きますが、特になければ、市役所等その地独自のものを訪ね、それらも近くになければ、こういった神社仏閣をとりあえず訪ねる等しています。ここではまずこの寺を発見したので、入ってみました。
この寺は「守谷八景」のひとつだそうで、823年空海創建(別説には924年)といわれる古刹です。
当初は真言宗のお寺だったのが、後に曹洞宗に改宗しています。
▼山門
同じく長龍寺の山門です。
両サイドに勇猛な像が立っていました。
長龍寺の境内に立っていました。
有名な豊臣秀吉の小田原征伐で関東に大群を進軍させましたが、この時豊臣方で中心となった浅野長政等がこの寺に滞在し、ここが荒らされる事の無いよう文書として出し、治安維持に努めたといいます。
戦う者にも一定のルールがあったという事ですね。
▼徳川家康寄進状
秀吉の次は家康ですが、上の文書のものが1590年ならば、こちらはその翌年、家康がこの長龍寺に10石の土地を寄進する事を記したといいます。前年に入った家康は、この時に初めてこのような寄進を行なったそうです。
この時の文書は守谷市内で現存する中では最も古いもののひとつだそうです。
この1590年の小田原討伐⇒天下統一、という頃がこのお寺にとって大きなハイライトとなる時期だったのでしょう。
▼道元禅師像
「正法眼蔵」という著書を持っている人物ですが、学校の歴史で学んだような宗派の開祖で、その著作物が本で読めるってこの人ぐらいじゃないでしょうか。文庫本で売ってたりしますが…。
中国曹洞宗に独自の理論を織り交ぜ、日本曹洞禅思想の神髄が説かれているといいます。座禅している姿そのものが仏、と説いたといい、であれば分かり易いなと思います。人間、普段から少しでもそのような時間を持ち、心清める事ができれば、もう少し皆の心にも平穏が…という気がするのですが…。
▼本堂
実に厳かな雰囲気の本堂です。
屋根がとっても大きくて。やはり屋根の大きいお寺はビシッとキマった雰囲気を醸し出すな、とつくづく思いました。
手前には、これまた大きな観音像が立っていました。
深い緑に囲まれた、という雰囲気の長龍寺の門です。
入った時は、東門という土塀で囲まれた門だったので、これはまた別の門です。
まるで山道を切り開いたような緑豊かな佇まい、これが守谷駅のすぐ近くにあるというのは軽く驚きに値しました。
守谷市内、殆どここしか行ってないですが、これはこれでよい旅になったと勝手に思っています。


