福島県白河市、JR白河駅からの歩き旅です。(2006年8月)
▼白河駅前広場
主にバスターミナルの部分で、手前はタクシーの割もあります。
バス便の行先はそこそこありますが、各方面の便数はあまり多くないようです。白河の関などへもバス便があるとの事で、行きたかった事もあり、ここへ来る前に調べたのですが1日3便しかなくて、結局諦めました。まぁ他に見るものができたので良かったですが…
▼通路へ向かって
前述の「他に見るものができた」とは、ホームから見えた白河小峰城の事でした。
で、このお城へ行くには駅舎と反対側へ出なければなりません、白河駅は出口が片方しかないので、反対側へ出るには高架下をくぐっていく格好になりますが、その途中の風景です。
▼こみね・ふれあい通り
と名付けられた駅高架下の通路で、これでもって反対側へ行けます。
という訳で、いざ小峰城方面へ!
▼通り抜ければ…
駅舎と反対側、お城側へ。
すっかり城壁模様となっていて白壁に石垣、瓦屋根までついてます。
柱の部分に木が使われているのも小細工利いてるというかなかなかやるな、と感じました。
▼城山公園
くぐり抜ければホントにすぐ、この城山公園の入口へ。
城壁がぐるっと囲み、その中にツインの門でお出迎えです。


▼史跡 小峰城址
国史跡であり、日本100名城のひとつでもあり、そしてまた東北三名城のひとつともいわれるこの小峰城です。白河城、白河小峰城ともよばれます。
個人的には東北で初めて見た天守つきの(正確には櫓ですが…)お城です。それまで東北で見たのが久保田(秋田)、山形、新庄といったところでした。
小峰城は、南北朝時代1340年に結城親朝が小峰ヶ岡に築城したのが始まりとされ、城郭としては江戸時代に入ってから、1627年に丹羽長重が移封されて改修に着手、1632年に完成したという比較的後発のお城です。1868年の戊辰戦争の激戦地となり、結局は落城して大半が焼失、その後石垣だけという時期が長く続きました。
戊辰戦争で建造物の大半が焼失しましたが、お堀は遺構として残ったもののひとつです。
石垣にも緑がかなりついていて、緑の多いお堀周辺だったという印象が強かったです。
黒木で囲われた門です。
城門ではなく、その手前の城敷地への入口となっているものです。
開門七時とありました。この時かなり早朝に来たと記憶してますが、7時ちょっと過ぎだった気がします。夏だったので特に朝は早く始動するのですが、もう少し早かったら開いてなかったかもで、それなら待つ事になったのかな、と思わされました。
前述の堀や土塁と共に、遺構として残っているのがこの石垣です。
この写真は2006年当時だったので、こうして整然とした姿でしたが、2011年の東日本大震災でナント石垣が一部崩壊してしまっていて、その写真を見て残念に思いました。
今では周囲に柵がされているようで、石垣の修復にはまだ当分かかりそうとありました。
天守のように見える上の建物は三重櫓という櫓扱いですが実質的な天守ではあったようです。一国一城令の為、天守が造れなかった事情から櫓となったようです。
当時の姿を再現する形の復元建造物ですが、この櫓は鉄筋コンクリートではなく木造で復元されたものであり、これは珍しいそうです。1991年に復元されましたが、これが平成になって全国各地で行われた天守復元の先駆けともいわれています。それまで石垣だけの城だったのでしょうか。これがあるだけで観光客の印象もグッと違ってきますね。
下2枚中上側は門に入る前、下側は門に入った後のカットです。様々なカットから色んな表情を見せてくれるお城という建物は、撮っても撮り飽きないな、とつくづく思ったものでした。

▼前御門
三重櫓は1991年に復元されたのですが、この前御門はその3年後、1994年に櫓と同様に当時の古図に基づいた形で復元されています。
間口27.5尺、奥行13.8尺、門入口13.2尺とありました。
間口8m、奥行き4m、門入口4mというところでしょうか。
この写真では門に入った後のところを撮っていますが、実は入る前の方が見栄えが良かった事に後から気づきました…。特に下の板張り部分が。
▼階段と三重櫓
前御門に入って、その上の階段と三重櫓とのカットです。
右端の継ぎ目のような部分は前御門とのつながりになります。
▼上へ
その階段を上がってみました。
天守に近い役割を担った三重櫓の単独カットです。
確かに天守閣というには小さいかな、と思いました。
こんなに迫って撮っていますが、今はこの三重櫓への立ち入りは見合わせになっているとは寂しいですね。でもしっかり修復して万全な状態でまた見られる日が来ればと思います。

▼街の眺め
平山城であるこの小峰城、少し高いとこにあるので、それなりに白河の街を眺める事が出来ます。
正直、この記事を書くまでこのお城の石垣崩落の件は知りませんでした。震災の爪痕が自分の思っている以上のものである事に、こんな事実からも思い知らされました。またこんな景色が見られるよう、ここまで上ってこれるよう、立ち入り禁止の柵が外れる事をお祈りします。





