鹿児島県日置(ひおき)市のJR伊集院(いじゅういん)駅です。
日置市は鹿児島県の西部に位置し、人口は50,269人(2012.7.1現在)で、2005年に当駅のある旧・日置郡伊集院町と他の日置郡3町の計4町が合併してできた新しい市で、薩摩焼と深い関わりがあり、また日本三大砂丘で日本一の長さを誇る吹上浜があります。
-JR伊集院駅-
【路線】JR鹿児島本線(門司港-鹿児島間)
【開業】1913年10月11日
【訪問】2012年8月
【1日あたり平均乗降車人員】 5,082人/日 (2006年)
【近隣の主要駅】 (門司港方面)串木野駅→5駅
(鹿児島方面)鹿児島中央駅→4駅
▼駅名標
前回記事の串木野駅から鹿児島方面へ5駅進んで次にやって来たのが当駅です。
島津氏ゆかりの地で兜の絵が描かれています。
串木野駅同様に当駅も来年開業100周年の記念の年を迎えます。開業翌年から鹿児島交通・枕崎線が開業しし、枕崎駅までつながっていましたが、1984年に廃止になり、以来鉄道では枕崎へは大変な遠回りになってしまいました。鹿児島は廃止路線が非常に多く、その事が各市の訪問を困難にしている部分も少なからずあると思います。
▼ホーム
ホームは1面2線のみで向こうに階段が見えていますが、跨線橋で改札側とつながっています。
左に見える電車は817系というもので、優等列車っぽく見えますが、普通電車のものです。さすがは九州、、といったところです。
ちなみに特急列車は2004年に一度消滅しましたが、2011年の九州新幹線全線開通により川内エクスプレスが停車するようになり、7年ぶりに特急停車駅に返り咲きました。
▼跨線橋内
木製の渋い跨線橋で、階段部分の縁が赤いのが印象的でした。
特急停車駅ながら橋の部分に掲示物が見受けられず、やや寂しい感じを受けました。

▼猛将の像
改札のすぐ横にあり「伊集院駅 七十周年記念」と隣に銘打たれています。
島津義弘公でしょうか。この「十」みたいな紋(丸に十の字)は島津家ですね。
70周年というと時に1983年、鹿児島交通の枕崎線が廃止になる前年ですが、この年の豪雨災害で運休となり、そのまま翌年廃止になるという困難な時期だった訳ですね。

▼駅前風景
人口約24,000ほどであった旧・伊集院町唯一にして中心駅で、合併して人口が倍になった日置市になってからも中心駅として君臨し続けている駅前の様子で、そこそこの都会的な雰囲気は醸し出しています。
鹿児島中央駅まで4駅という至近で、鹿児島市のベッドタウン的役割も持っています。
横断歩道を渡った先にあるものは…[E:sign03]
▼島津義弘公の像
駅の中に猛将の像(誰とは分かりませんでしたが…)がありましたが、ここにはハッキリと島津義弘公の像と記されていました。馬に乗って、それも前足がこんなに上がった状態で、とっても威勢がよくカッコいいですね。
島津義弘(1535-1619)は島津貴久の次男で、島津四兄弟の一人として島津氏の勢力拡大に貢献した人物です。この像のシーンは関ヶ原で敵中突破をするまさにその瞬間をイメージしたもの、といわれています。
島津四兄弟の中で唯一、徳川家康の没後も存命であった人物で、家康はこの義弘を誅伐できなかったことが心残りであったとされています。
▼伊集院駅 駅舎
この日訪ねた阿久根、串木野と比べて、大規模感のある駅舎でした。
平屋建てではありますが、横に長くまた駅名が屋根の上にせり出す形で存在感を放っています。
出入口上の時計の部分は兜になっていて、こんなところにまで武将のイメージをアピールしているのか、と思いました。島津の駅=伊集院、というのが自分の中でイメージとして固まったのでありました。

▼島津義弘像と伊集院駅
この駅は、島津義弘像ありとなしとでは全然駅舎の見た目も違うというもので、勇猛な義弘公と駅のコラボによって、なお一層駅の素晴らしさが引き立つものかと思います。
