二本松市は福島県の真ん中よりやや北東部に位置し、人口は58,624人(2011.11.1現在)で、日本百名城のひとつとされる二本松城で栄えた城下町で、戊辰戦争への出陣で有名な会津の白虎隊と並び、二本松少年隊も有名です。また300年余りの歴史をもつ「家具づくり」は貴重な伝統工芸品となっています。
-JR二本松駅-
【路線】JR東北本線 (東京-盛岡間)
【開業】1887年12月15日
【訪問】2011年8月
【1日あたり平均乗車人員】 1,966人/日(2010年)
【近隣の都市駅】(東京方面)本宮駅→2駅
(盛岡方面)福島駅→5駅
▼前回の喜多方駅の前日に訪ねた所で、今年盆の旅で茨城県の未訪市訪問、続いて栃木県の未訪3市を訪ねてから福島県入りして最初に入ったのがここでした。二本松と伊達は前年2010年にいわき市などを訪ねた時に通り過ぎてしまったので、いつかはリベンジを…と思っていました。
二本松市にはJRのみ3駅あり、その中心駅ですが、2010年に1日平均乗車人員が初めて2,000の大台を割るなどして利用者が減少傾向にあります。
香川県に「三本松」という駅がありますが、それより一本少ない、と(笑、まぁ広島県には八本松という駅がありますが。

▼上の写真にも写っていましたが、10月には「ちょうちん祭り」という祭りがあります。
二本松神社の例大祭として行われ、日本三大提灯祭りのひとつとされており、福島県の重要無形民俗文化財に指定されています。7台の太鼓台に各々300もの提灯をつけて曳き回すというものだそうで、300年余りの歴史をもつといわれます。ここで見る限りでも提灯が夜には電飾となり、実にきらびやかでスケールの大きさを感じます。
10~11月には日本最大の菊人形もあるんですね。
安達太良山(あだたらやま)も二本松の代名詞的に有名な山ですが、国立公園に指定されているんですね。温泉も数多く、同時にそれらがスキー場という東北らしさを感じます。
霞ヶ城公園は二本松城跡で、1.5㌔で行く事ができ、二本松少年隊の墓も1㌔との事です。時間があれば行きたかったんですが、時間もなく天候も悪くで叶いませんでした。時間がない、っていつも言ってるような気がしますが、全部行きたいと思ったらとても時間が足りないんですよね。
上の写真は駅内の跨線橋が見えてる側です。橋の部分にいくつもの筋交いが入ったこの跨線橋でこの2面2線の両ホームはつながっています。
2線といっても右側ホームの左側の線はガードレールで仕切られて廃止されており、どちらのホームも向かって右側の線が利用されている状態です。
下の写真は反対向きで、こちらは駅外の自由通路が写っています。駅内跨線橋より重厚感があります。


▼駅前の「霞城の太刀風」と記されている二本松の少年隊士像です。隊士の高さは約1.4㍍、台座を含むと2.5㍍にもなるそうです。
二本松少年隊士のひとりが二本松伝統の剣法「突き」で長州の将を倒したという史実に基づき作られたといわれ、このタイトルは今からナント80年前の昭和6年に制作された無声映画のタイトルでもあるそうです。

▼ここにも東北の都市駅によくある駅名由来が記されていました。
一説には、この付近の東安達の山あいは元々「六本松」と呼ばれていたそうで、そのうちの二本を西安達に「二本松」となったそうで、元々六本松だった東安達は「四本松」になったという、なんか引き算のようなお話ですが、実際に二本松市長折四本松という地名が存在します。
もう一説は出羽へ嫁ぐ弱い姫君と随行の老女が死んでしまい、弔ったところ二本の松が芽吹いたという御話です。
間延びした感じのスペースにゆったりと車がまばらに停まってる感じです。
ロータリー外周沿いのバス待合等のひさし?!ではなく、飾り?!が芸術的な美しさを感じさせます。雨風よけの機能は全くないようだし、飾りのようなものなのでしょうか。
片側だけ建屋が並ぶような感じで、左側の特に手前の方は空きが見られます。 城下町を前面に押し出したやや大きな駅舎になっています。2F部分(に相当するところ)の窓の多さが素晴らしいです。 城郭を模した交番は他にも見たことありますが、交番と書かないところが素晴らしいです。
▼広場からみた駅前通りの様子です。
ゆるい上り坂になっていて、また林に突き当たるので道路はここで終わり、交差する道路が駅前道の続きのような感じになります。駅前道でありながら、この視点で見て信号が見当たらない所に非・都会な部分を感じなくもないですね。
バス乗降場のひさし?!(か飾りか?!)はやはりひと際美しく、これがあるとないとではこの駅前広場の様子もグンと違ってくるというものですね。

▼駅前交番を「奉行所」と書けるほどの洒落っ気には脱帽ものです。
左には目安箱もちゃんとあるんです。徹底してますよね、ここまでくると。



