東京都あきる野市のJR秋川(あきがわ)駅です。
あきる野市は東京都の西部に位置し、人口は80,991人(2011.10.1現在)で、1995年に秋川市と旧・西多摩郡五日市町が合併してできた市です。いわゆる平成の大合併の時期ではなく、1991年ごろに多く誕生した新規の市制化の時期でもなく、その間の時期に新生の市となった町です。
個人的には、東京都で最後に訪ねた市で、この市に入ったことで東京の全市を制覇した、そんな思い出の地でもあります。
-JR秋川駅-
【路線】JR五日市線 (拝島-武蔵五日市間)
【開業】1925年4月21日
【訪問】訪問-2011年10月
【1日あたり平均乗車人員】 7,358人/日 (2010年)
【近隣の都市駅】(拝島方面)拝島駅→4駅
(武蔵五日市方面)武蔵五日市駅→3駅
▼「あきがわ」と濁ります。
西東京を走るJR五日市線の駅としては初登場で、同線の途中駅としては現時点で唯一私が降り立った駅です。拝島方面は各方面へつながっていきますが、同じあきる野市内の武蔵五日市駅はこの先のない盲腸線の終着駅です。
あきる野市内にはJRのみ5駅があり、現市名とは一致していませんが、その中心駅になります。当駅は元々は西秋留駅を名乗っていて隣のひがしあきる(東秋留)と対をなす形でしたが、1972年に前身の秋川市として市制化され、その後87年に市名に合わせる形で現駅名になったとの事で、その後の市名変更には合わせる形にはなっていない状態です。
むしろ「秋留」の名をもった前駅名の方が今の市名との部分一致は見られた、という格好になっています。
盲腸線であり、武蔵五日市駅より先はないので、他の色々な路線が入る事なくオール単線です。
線路上の橋上部分が、ちょっとした建屋風になっているところに市の中心駅の格を感じます。東京といえども、列車の走っている区間でいえばかなり西の果ての方になってくるので、都心部に比べると本数からしてかなり違ってきます。
基本、このような場所は無人の時しか撮りませんが、東京の市の中心駅でこういう所が撮れたのは奇跡的ともいえます。大抵人通りがあるので撮ること自体諦めてしまってますが、西東京である事と日曜の早朝であったことが幸いしたのかな、と。
骨組みに相当する部分に随所に明るい黄色のペイントがなされているのが印象的な内装です。床面にも色遣いが単調にならないよう配慮が見られます。
向こうに駅前通りにあたる道路が伸びています。
市役所へは右へ、と案内板が出ていて、キララホールへは直進と出ています。
キララホールとは主に音楽演奏に使用されるホールで、「キララ」とは花崗岩に含まれる「雲母」の事なんですね。ひょっとして、この事?と思い浮かんだのが河合奈保子さんの「THROUGH THE WINDOW ~月に降る雪」(下の写真がそのジャケット)という1985年の曲、この曲に♪キララの粉雪、と出てくるんです。
で、話戻しますがこのキララホール、「小さいながらも光輝くホールでありたい」との願いから、このように命名されたそうです、といって実物も見てきましたが、市内の様子が記事としてUPできる機会があればその時に。

▼秋川駅の駅舎です。
西東京の方の市の中心駅はどれもなかなか個性的で見応えがあります。都心部はただただ規模が大きくて、、という感じなのですが、このくらいのクラスの規模だと逆に建屋としての個性が出やすいのかな、と。大きすぎるとみんな駅ビルに見えてしまう感じがするもので…。
階段部分の屋根縁の緑のペイントと、建屋のてっぺんの屋根縁の黄色のペイントがコントラストがあり、階段部分の屋根がどこか幾何学模様のように絡み合っているのが実に特徴的であり、こちらに迫ってくるような形にも思え迫力も感じました。
▼こちらは正面から。
階段の屋根部分がループコースターのように描く曲線がとっても素敵に感じました。なかなか芸術的な建屋ではないですか?と勝手に思いましたが…
ここに限っては階段部分を完全室内型にせずに、このように吹きっさらしの形にしたのは景観的に正解だと思いましたこれから。寒い時期になるとなかなか辛いものがありますが…。意外と階段脇に壁があるのとないのとでは違うんですよね、、特に冬寒い時期に人身事故などで長い電車待ちを余儀なくされる場合などにそのことを痛感します。
▼芸術的なモニュメントも駅前にあります。





