田原本町は奈良県の北西部に位置し、人口は32,418人(2010.7.1現在)で、奈良県の郡部では2番目に多い人口を誇ります。
かつては田原本藩のあった町ですが、これは明治になってから藩として認められた「維新立藩」というもので、それまでは5000石の領主が治めていたのが10,000石に加増されて大名になったものです。代々平野氏が治めており、初代領主長泰は豊臣秀吉の下で武功を挙げた「賤ヶ岳の七本槍」のひとりですが、唯一大名になれず、江戸時代の間は藩としては存在していませんでした。
-近鉄・田原本駅-
【町内】町内4駅(いずれも近鉄)中の中心駅
【路線】近鉄橿原線(大和西大寺-橿原神宮前間)
【開業】1923年3月21日(初訪問は2008年7月)
【1日あたり平均乗降車人員】 13,302人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(大和西大寺方面)近鉄郡山駅→6駅
(橿原神宮前方面)大和八木駅→3駅
▼当初は「たはら・ほんまち」だと思っていました。どこかの市内の本町みたいなイメージでした。
田原本線とは接続しているようでしていなくて、西田原本駅まで歩いて移動する事となり、この駅で降りずに乗り越し前提で切符買ってたら、改札出る時にちゃんと切符が出てきて、その足で200mほど先の西田原本駅まで徒歩移動、そのまま改札を通って入ります。
ちなみに田原本線に乗ると王寺駅まで行くので、そこからJR路線に乗り換えて…という事も可能となります。
▼自販機が沢山並んでいました。やはり他の周辺駅に比べるといささか規模も大きく、町の中心駅である事にも納得できます。
▼改札入ったばかりの地点で、ホームへは傾斜になっています。1番線のこの表示は北以外は西も東も南も全部行くぞ!って事です。行かないのは奈良・京都方面です。
▼1日あたり13,000人以上もの乗降客がいるというのにこの小さな駅舎、駅舎というより改札上に屋根がついてるだけのような感じで待合は殆どホーム上でする事になります。駅前広場も広場といえるスペースが殆どなく、前の道も極めて狭い、利便性に疑問がある駅周りだな、とつくづく思いました。
また、線路でつながっていない西田原本駅までの徒歩移動はこの右側を進んですぐに直進するのですが、横断歩道を渡らなければならず、場合によっては時間がかなりかかる事もあります。
▼ところが…
この後、2009年12月に1年半ぶりに再訪の機会があり見てみると、線路隔てて向こうに西口の駅舎が誕生していました[E:sign03]
西田原本への移動に線路を渡らなくてもよくなったのです。
しかも通路だけとはいえ、立派な建屋が作られ駅舎らしいものとなっています。再開発で西田原本との一体感を持たせるようなエリアづくりがなされています。
▼これがその時の建設イメージで、上がここ田原本駅、ロータリーを隔ててやや左が西田原本駅という感じで一体感が強調されています。それまでは全く別個という感じでしたが。これが地下道や歩道橋なんかで繋がったらもっと素晴らしいですが…。
